■■■ 最終決戦前夜 その後
生きて帰って来られたら―――――。
続きをしような………。
そう言った彼の声が、今でも耳の奥に残っていると言うのに。
それは甘く、それでいてひどく切ない声色で…。
今でもその言葉が自分を熱く昂ぶらせている。
あの夜の彼の指の動きを思い出しては、切なく疼くこのカラダの熱を―――。
もてあます自分は、どうすれば良いと言うのか。
彼が欲しくて。
彼が欲しくて………。
もう手に入らない…世界で一番愛しい人。
「アシュトン?」
心配そうな声で顔を覗き込んでくる金髪の少年は、愛しいあの人ではなかった。
それにアシュトンは睫毛を伏せると、ゆっくりと再び瞳を開いた。
瞬きを何度か繰り返して、揺れる瞳をふっと…クロードに向ける。
「クロード………。」
「大丈夫かい?」
「うん…。」
ただ聞かれたコトに対して、適当に応える。
無意識のうちに行なわれるそれに、クロードは呆れたように溜息をついた。
「うん」なんて言ったって、目は虚ろだし、言葉に力も感じられないし。
何を聞かれたかも本当はわかっていないのではないか?
でも…アシュトンの気持ちもわかるけれど。
だからあまり強くは言えない。
アシュトンが抜け殻のようになってしまっている理由を、クロードは知っていた。
だからなんとか元気づけたいとは思うけれど…でも自分はそろそろ地球に帰らなくてはならないし、仲間の皆もそれぞれの地へと帰らなければならない。
こんな状態でアシュトンを一人にしてよいものだろうか。
そう思っても、自分にはアシュトンを元気付けることが出来ないのだ。
アシュトンがこんな状態なのは…彼の大切な人がいないから。
そんな状態の彼を元気付けられるのは、それこそ彼の大切な人だけだ。
「ボーマンさんもきっと…このエクスペルのどこかに飛ばされたって!」
「………うん。」
クロードの言葉に虚ろなアシュトンの瞳が一瞬揺れる。
そう…アシュトンの大切な人…ボーマンは、ネーデでの最終決戦の後行方がわからなかった。
ネーデ崩壊のエネルギーをつかって皆が、エクスペルへと飛ぼうとしたあの一瞬。
その一瞬に時は遡る。
ゴゴゴゴ…
激しい地響きが辺りに響き、激しく揺れる建物。
悲鳴にも近い叫びを上げて、仲間の誰もがその場に混乱していた。
「うわわわわ!」
「皆掴まって!」
「だ、大丈夫なんでしょうね!?」
「理論的にはね!」
「アシュトンっ!」
「はいっ…!」
仲間の叫び声の合間から聞こえてきた自分の名前。
その声の方を向けば、ボーマンが力強い笑みを浮かべてアシュトンに手を差し伸ばしていた。
それにアシュトンはほっと安心したように笑い、差し出された手を掴む。
掴んだ左手は逞しくて、力強くて。
まわりの崩れる激しい揺れの中で感じた、ボーマンの暖かな温もり。
そして…。
その温もりの中にある、冷たい感触…。
その感触に、ドキリとして…アシュトンは手を一瞬引いた。
「アシュトン!?」
驚く彼の顔を見ながら…無意識のうちに…。
アシュトンはそれを人差し指と親指で摘んでいた。
指先に感じる、固い感触。
「お前っ…!!」
ボーマンの驚く顔に、一瞬で我にかえる。
ボーマンの指から抜き取ったそれから、ボーマンの声に驚いてつい…指を離した。
「アシュトンっ!?」
「あっ…!」
二人の瞳に、同時に映った光輝くそれ…。
アシュトンの指先からそれはゆっくりと落ちて―――――――。
からん…。
と、小さく音をたてて落ちた。
その音に固まった身体が我に返る。
光輝くそれを、アシュトンは慌てて拾おうと腕を伸ばした。
皆から離れたところに落ちたそれを拾おうと…懸命に腕を伸ばして…。
指先に当たったそれを、ぎゅっと握り締めた。
そしてほっと一息付いて満面の笑みを浮べる。
すべてはスローモーションのように時が流れて。
まわりの激しい地響きも、建物の崩れる音も耳に届きはしなかった。
感じるのは掌の中にある冷たくて、固いモノだけで・・・。
アシュトンはゆっくりと息を吸い込んだ。
ボーマンの大事な、大切なそれを、無意識とはいえ抜きとってしまうなんて。
彼が悲しむかもしれない。怒るかもしれない。
だからぎゅっと、大切そうに握り締めた。
「皆っ!大丈夫!?」
「きゃあああああっ…っ!」
仲間の声が遠くに聞こえる。
アシュトンはそれを握り締めた手に力を込めると、振り返り――――。
「ボーマンさ…」
「アシュトンっ…!」
ボーマンが差し出した手を握り締めた。
ゴゴゴゴゴ…
鳴り響く地響き。
揺れる建物。
バランスを崩したアシュトンを、力強く引き寄せる腕。
「ばかやろっ…!」
引き寄せられた…アシュトンの身体とすれ違う…ボーマンの身体。
すれ違い様聞こえてきた、ボーマンの声。舌打。
「うわわっ…!」
どさりとクロードにアシュトンが倒れ込み、それを驚いた様にクロードが受け止めた。
「アシュトンっ!?」
何が起きたのかわからないままアシュトンは振り返り、今まで自分のいた所を見詰める。
しかしそこにはボーマンがいて。
驚いて見開かれた瞳。
二人の間を、崩れてぱらぱらと落ちていく天井のカケラ。
掌の中にある無機質な物体。
「うわああああっ…!!」
「きゃああああっ…!!」
誰が誰を掴んでいるのかももうわからない。そんな状況の中で。
アシュトンの目にはしっかりと映っていた。
ボーマンだけが、誰とも繋がっていない。
誰とも接触していない。
その状況に。
慌ててボーマンに腕を伸ばす。
「ぼー…!!」
「アシュトンっ!」
皆から離れそうになったアシュトンの腕を、力強く引き寄せる誰かの腕。
アシュトンが差し伸ばした手は空中を掴む。
「ボーマンさんっ!」
目も眩むほどの眩しい光に…アシュトンの悲痛な叫びが掻き消された。
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