■■■ 甘えん坊
「リンゴが食べたいー。」
とか。
「手を握っていて。」
とか。
あまり甘えられるのは好きじゃないが。
普段甘えたりするような奴じゃない奴が、頬を真っ赤に染めて、瞳を不安の色に染めて。
甘えてくるその姿は…中々くらっとくるものがある。
病気になって初めて甘えを見せたアシュトンは可愛くて。
ついつい…こんな風に甘えられるのも良いものだと思ってしまった。
瞳を開けると、うっすらと月明りがさしこんで、見慣れない部屋の天井が目に入った。
がんがんと痛む頭に、いがいがと不快感のある喉の奥。
身体が汗ばんで寝間着が肌に貼りついて。
それにぶるりと身体を震わせると、ゆっくりと起き上がった。
「起きたのか?」
声の方をゆっくりと見ると、レポートを書いていたらしい手を止めてボーマンが自分を見ていた。
「………ぁ。」
口を開いても喉が押し潰されたような感じがして声が出ない。
だから小さく頷く。
するとボーマンはペンを机に置いて、アシュトンの横になっていたベットに近付いた。
隣に腰掛けるとアシュトンの顔を覗き込んでくる。
「汗かいたってことは、熱が下がったかな?どれ?」
ぺたりと汗ばむ額に掌を押し当てて。
アシュトンはされるままにぼーっと…ボーマンの近付いてくる顔を見ていた。
冷たいボーマンの手に、じんっと熱が伝わり広がって…ボーマンは苦笑した。
「もう少しだな。着替えた方がいい。コレに着替えな。」
ぽいっと、用意していた寝間着をアシュトンに放り投げ、ボーマンがアシュトンの寝間着のボタンに手をかける。
自分で脱げます…。
言おうと思った言葉は声にできなくて。
アシュトンはゆっくりと瞳を伏せた。
なんとなく…なんとなく。
いつもよりも優しいボーマンが嬉しくて。
迷惑をかけてしまっているのはわかっているけど、決して自分だけのものにならない彼を、今だけは独占出来るような気がして。
アシュトンは甘えていたくなったのだ。
べったりと貼りついた寝間着が、身体から剥がされて。
ふわりとタオルが押し当てられる。
小さくぶるりと身体を震わせると、アシュトンはゆっくりと今度は瞳を開いた。
「自分で拭けるか?」
自分を覗き込んでくるボーマンにふるふると頭を振って、アシュトンはシーツを握り締めた。
こんな時に、こんな甘え方、卑怯だと思うけれど。
普段甘えることを避けていた、抑えていた…そんな気持ちが、独占欲が、今日はやけに押し出したくて。
自分の身体を優しく拭いて、石鹸の香がする寝間着を肩に掛けてくれて。
そんなボーマンが嬉しくて。
「さ、寝てろ…。朝にはよくなるだろう。」
促されるまま、再び布団に潜り込む。
ぽふんと肩までボーマンが布団を掛けてくれて、それがとても嬉しくて。
大きな掌が、やさしく自分の頭を撫でてくれる。
それが本当に、本当に嬉しくて…。
「ボーマンさん…。」
「ん?」
「ありがとうございます…。」
「…いや。」
そう言って笑うと、ボーマンが立ち上がる。
その時、ふっと…一瞬、なぜか淋しさを感じた。
その淋しさにアシュトンはボーマンの白衣を慌てて握り締める。
くいっと引っ張られる感覚に、ボーマンが不思議そうに振りかえった。
「どうした?」
「あ…あの…。」
甘えてしまえ。
心の中で誰かが囁く。
いつも、いつも。
遠慮して言えない言葉を、今なら言えるだろうと。
彼の左手の薬指に輝くリングに、遠慮して言えなかった言葉を、今なら―――――。
「朝まで――――傍に…傍にいてください。」
ボーマンの瞳が見開かれて。
掠れた声がちゃんと彼の耳に届いたことを知らせる。
「アシュ…。」
ボーマンが腕を伸ばした瞬間、身体中が熱くなった。
弾かれたようにボーマンの白衣から手を離すと、慌てて布団に潜りこむ。
「あっ、あのっ…な、なんでもないですっ!忘れてくださいっ!!」
言ってから、ボーマンの顔を見てから後悔した。
やっぱりこんな時でも、言ってはいけない言葉だったのだ。
『朝まで、傍にいて』と。
何度、言いかけて飲みこんだことか。
頼まなくても、彼はいつも傍にいてくれたけど。
いつも情事の後、彼の腕に抱かれながら…言いたくても言えなかった言葉。
自分も彼に傍にいて欲しいのだと、伝えてしまうから言えなかった言葉。
熱からではなく、自分で言った言葉に対して真っ赤になってしまい、布団に潜り込んでしまったアシュトンを見ながら、ボーマンは軽く溜息をついた。
カタンと、座っていた椅子をベッドの横に移動させるとそこに腰を降ろす。
そっとアシュトンの頭に腕を伸ばして…一瞬躊躇って…でもやっぱりアシュトンの頭にぽんっと掌をのせた。
「今夜はずっとここにいるよ。」
ぽんぽんと頭を摩ってやると、すんっとアシュトンが鼻をすする音が聞こえる。
ボーマンは口許を緩めると、そっと…真っ赤なアシュトンの耳に口を寄せた。
「あまりかわいいことを言うな。抑えきれなくなるだろーが。」
ボーマンの言葉に、アシュトンは身体をピクリと震わせると、もそもそと布団から顔を出してボーマンをちらりと見た。
ばちりとボーマンと目が合って、慌てて再び布団の中に潜り込む。
そんなアシュトンにボーマンは微笑って、ぽんぽんと優しく布団を叩いた。
近くにあった本を手にとって、ぱらりと捲る。
気がつけばいつの間にか、規則正しいアシュトンの寝息が聞こえてきて、そこは再び静かな空間に戻って。
アシュトンの額に貼りついた前髪を、指で拭うと…ボーマンはその額にそっと唇を寄せた。
あとがき
裏発見ありがとうございましたv
SAKURAさんからのリク
ボーアシュでした♪
裏でも表でも可ということで
表になりました〜
アシュトンってボーマンさん相手だと
あまり甘えそうになかったのですが
今回は甘えんぼうなアシュが書きたくて
こうなりました〜
短くてごめんなさい…(滝汗)
お気に召したらよいのですが…
2002/11/10 まこりん
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