■■■ 時の砂




さらさらと・・・・。

零れ落ちる時の砂。


さらさらと・・・・。

心地良い音が静かな空間に響いて、ますます―――――――。

そう・・・・・ますます・・・・。











「今日の売上は、計算楽で良かったわ。」


すらすらと帳簿の上をペンが滑る。
リンガにある唯一の薬局『Jean Medicine Home』のカウンターで、その薬局の主のひとりであるニーネは本日の売上を帳簿に記帳していた。
毎日の日課。このお店を開いてから、帳簿の記帳はニーネの仕事だった。
昔も今も変わらず・・・・・。昔と変わったのは・・・・・。


「えっと、補充しなきゃいけないものはなにかしら?」


リストを片手に店内を徘徊する。
そう、商品の在庫をチェックすること。
これは彼女の旦那の仕事だった。
それが彼女の仕事になったのは一ヶ月ほど前からだ。


「まだよくわからないのよねぇ・・・・。」


色とりどりの瓶に入った薬を見ながら、補充の必要が有りそうなものをチェックしていく。
ほんの一ヶ月前、自分の旦那がしていたように一つ一つ丁寧に手にとって中身を確認して。


「今頃何やってんのかしら・・・・。たまに近くに寄ったら顔だしてくれればイイのにね。」


軽く苦笑してチェックし終えたリストをカウンターに乗せると、そこにあった椅子に腰掛けた。
窓から指しこむ夜の闇が、何故だかとても・・・・・・・心を淋しさで染めていって・・・・。
ニーネはこつんと、カウンターに頭を乗せた。


「今・・・・どこにいるの?」


問い掛けてみても返事が返ってくるわけもなく。
ニーネは自分の吐息しか聞こえないこの空間に瞼を閉じた。


彼女の夫。ボーマン・ジーンは今、この町にいない。
もっとも別に離婚したとか、妻を置いて出ていってしまった・・・・・というわけではない。
好奇心と男のロマンとやらに駆り立てられて、この町にふいに訪れた青年達と一緒に今噂の『ソーサリーグローブ』とやらを探しにいってしまったのだ。


「まぁねー。わかってたのよね。あのヒトが行きたがること。」


だから止めなかったし、ある程度の覚悟をしていたわ。
あの青年達が訪れて、『ソーサリーグローブ』の話をしていた時に、あの人の瞳の輝きに気がついた時から。


ものわかりのいい妻・・・・を演じたつもりはない。と・・・・思っていたけれど。
もしかしたら演じていたのかもしれない。
あの日、何時も仕入れにいく朝と同じような笑顔で『じゃ、行ってくるよ。』と言ったあのヒトに、『いってらっしゃい。』と、笑顔で手を振るコトしか出来なかった自分。
あの時気がつけなかった。
こんなに淋しい夜があるコト。


そういえば二人学生時代からの付き合いだから、こんなに長い間顔を合わせないの初めてかもしれない。
あ、でもラクールの研究員をあのヒトがやっている時、ずっと家を空けていたわね。
でも、なんでこんなに淋しいんだろう?って、思って、はっと気がつく。


「そっか・・・・。あの頃は・・・・会いたいと思ったらいつでも会えたんだ・・・・。」


今は会えない。
何をしているのかも、何を考えているのかもわからない。
それがこの胸を支配する淋しさの原因・・・・。


はぁ〜。っと溜息を付いて、ニーネはカウンターの端っこにある砂時計に気がついた。
彼が好きだからという理由で、バロック調のソレを手にとってくるりとひっくり返す。
さらさらと砂が零れる音が辺りに響いた。


「懐かしいわね・・・・・。」


学生時代二人で競い合って問題を解いた時に使った砂時計。
負けた方が1つだけいうことをきく!というその5分勝負は、
『お昼おごって』だったり『ノート貸して』だったり・・・・
恋人同志でもなかった二人には、ぜんぜん色気のないものだったけれど。
とても懐かしい・・・・・思い出。
今思えばあの頃からあのヒトにたぶん惹かれてた。



『砂がすべて落ちる前に言って。』



そう言った私に、彼は真っ赤になりながら・・・・・・愛の言葉も言わずにただ一言。
恋人になる前に、夫婦になってしまった。
よく考えたら笑っちゃうわね〜。

ふふっと、乾いた笑いを漏らして、ニーネはその砂時計を見詰めた。



さらさらと零れ落ちる砂。

さらさらと・・・・流れていく時。

どんどん、どんどん・・・・会えない時が長くなっていく。


急に目頭が熱くなって、瞳が潤む。


今までここにこうして置かれていたコトもわからなかった。
気が付いていなかったというか、見ていても目に入っていなかったというか・・・・。
涙が零れてカウンターを濡らして。
そしてその涙の近くに、小さな字を見つける。
それが、メモが無くてココに慌てて書いたのか、
走り書きした彼の・・・・・ボーマンの学生時代とちっとも変わらない字で。
突然あのヒトの残したアトばかりが目について、ますます寂しさが募っていった。


さらさらと零れ落ちる砂の音が、耳に届く。


「まるで・・・・・私のココロみたいね。」




さらさらと・・・・・零れ落ちるのは自信と大丈夫ってキモチ。

さらさらと・・・・・積もっていくのは不安と淋しいってキモチ。



すっかり落ちてなくなってしまった『自信』、山になった『不安』。
くるりとひっくり返して『淋しさ』を『大丈夫』ってキモチにすり替えて。
ニーネはカウンターに突っ伏した。
砂の音が心地良くて・・・・・穏やかに、でも急速に時が流れていく気がする。















「よぉ〜かえっ〜っと?」


ばたん!と大きな音を立てて開いた扉をゆっくりと閉めると、外から店内に入り込んできた男は慌てて口許を手で抑えた。


「寝てんのか??」


足音を立てないようにそっとニーネに近付く。
寝息を立てるその顔を覗きこむと、口許を緩めた。


いつもの顔で『おかえりなさい』そう笑う彼女が好きだけれど。
こんな風に居眠りしている彼女は初めて見る姿だから・・・・・なんだか嬉しい。
羽織っていた白衣を脱いで、そっとその細い肩に掛ける。



さらさらと・・・・・彼女の吐息と一緒に届く砂の音。



それにふっと・・・・・笑みを漏らして。
ボーマンはゆっくりと・・・・・・愛しい妻の頬に唇を触れさせた。


「ただいま。」

「んっ・・・・おかえりなさ・・・・。」


寝言で応えてくれた妻の横にイスを持ってきて座ると、ボーマンは嬉しそうに微笑みながら砂時計をひっくり返す。





さらさらと・・・・減っていくのは『淋しさ』で。

さらさらと・・・・・増えていくのは『愛しさ』。






さらさらと、流れる砂は・・・・二人一緒の時を刻んで――――――。







あとがき

某所でのリクボーニーでしたv
おれりろさんに捧げます

ボーニー!最近とても好きです
たくさんの素敵小説を読んで触発されたというか・・・・!
やっぱり素敵小説は影響が大きいですよね
すぐにコロリと嵌ってしまいます(笑)

タイトルは某ゲームにでてくるアイテムから(笑←ばればれです)

2002/03/28 まこりん



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