■■■ 目指す場所



ノースシティにある図書館『エンサイクロペディア』、その一角で。
本を読むために用意された机の上にどさりと本を積み上げると、レナは椅子に腰掛けた。
それをすでに椅子に腰掛けて本に目を通していたボーマンが横目で見ると、その本の量に目を丸くする。


「・・・・それ、全部読む気なのか?」
「うん。」
即答したレナに驚きながらボーマンは口許に笑みを浮かべると、自分の読みかけの本に再び目を向けた。
エナジーネーデに来てからというもの、ボーマンはよくこうしてレナと図書館に来ていた。
ここにはエクスペルよりも遥かに進んだ医学書があるからだ。
ぺらりと、1枚捲って感じるのは――――――熱視線。


「・・・・・・レナ?」
顔を上げると、レナと目が合う。それに慌ててレナが視線を逸らした。
「ご、ごめんなさい。気になった?」
「・・・・・ちょっとな。何?質問?」
ぱたん。と本を閉じて、向かい側に座ったレナの本を覗きこむ。
あるのは人体正面像。また解剖か・・・・。と、ボーマンは微笑して、レナの手元に手を伸ばす。


「ち、違うの。なんでもないわ。」
ぱっと・・・・レナが本を遠ざける。
そのレナに不思議そうにボーマンは眉を寄せると、何事もなかったように再び本を開いた。


すらすらと流し読みしていく。
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
感じるのは――――――やっぱり、熱視線。


「レナ・・・・?質問なら聞いていいぞ?」
はぁっと溜息をついて、ボーマンが顔を上げる。
目に入ったのは、耳まで真っ赤に染まったレナの顔。
それに驚いて、ボーマンが言葉を失う。


「あ、ごめんなさい。つい・・・・・じゃなくて、し、質問があるの。」
すっごく真剣で。すっごくかっこよくて。思わず見惚れてた。
なんて言えなくて、レナは慌てて本を指指した。ごく普通の人体正面像がある。


「あ、あの・・・・・コレ、てのひらの方が正面でしょ?なんで手の甲の方は後面なの?」
「・・・・・・・。」


当たり前のコト。ボーマンにとってはそう書いてあったからそうだったのだ。
そう教わったから、そう覚えていたコトだった。
当たり前のように覚えていたコトを聞かれて、ボーマンは一瞬たじろいだ。
「貸して。」


ボーマンがそう言って、レナの手から本を奪う。
真剣な声に、真剣な瞳。レナの胸がどきりと跳ねた。
いつもの顔つきとは違う、真剣なそれは・・・・・。レナの大好きなボーマンの表情のひとつだった。
さっきまでよりもずっと真剣なその表情に、胸がどきどきする。


「レナ、ココ触っててごらん。」
本を机の上にもどして、ボーマンが肘を突き出す。
捲れた白衣から伸びたボーマンの腕にレナはそっと触れた。
腕の硬さにどきりと再び胸が高鳴る。自分のぽっちゃりした腕とは違う、男の人の腕。
いつも自分を抱きしめている腕・・・・・。


「こうやってさ、てのひらを真上に向けている状態から真下の方にひっくり返すだろ?」
突然上から降ってきた声にはっと我に返る。
ボーマンがてのひらをひっくり返したコトが、指先に感じる感触で伝わった。
「う、動くわ。」
「ココには2本、骨があるだろう?」
「えぇ。」
「真下に向けた時はこの骨がクロスしちまうのわかるか?肘を触っていてもわかるんだが・・・・・。」

暫く眉を寄せてその腕の動きを指先で探る。
「・・・・・あぁっ!そっか。」
「そ。基準ってのは自然な状態だからさ、だからたぶんてのひらの方が正面なんじゃねぇの?」
「・・・・・たぶん?」
「・・・・・たぶん。」


ボーマンのちょっと困ったような顔にくすりと笑みを漏らして、レナは腕から指を放した。
ちょっと考えればわかることだったけれど、自分にとってはもう何日もわからないことだった。
それを簡単に答えてしまったボーマンに素直に尊敬と憧れを抱く。


「やっぱりすごいなぁ〜。ボーマンさんは。」
「惚れ直した?」
「うん。惚れ直した。」
素直に頷くレナに。ボーマンは一瞬動きを止めた後、読みかけの本を手にとった。
ほんのり耳が熱い。たぶん今ごろ自分は―――――らしくないけれど。耳まで真っ赤だ。


「・・・・・ボーマンさんは、そんなに頭がいいのに・・・・まだ、勉強するのね。」
ふっと、風にのって届いた言葉。顔を上げると窓から入りこむ光に、目を細目るレナの顔。
「・・・・・勉強なんて、一生し続けるものだぜ。医学に関わらず、何の分野においてもだ。」
ボーマンの言葉にレナが息を呑み込む。
驚いた様にボーマンを見るその瞳が無邪気で、ボーマンはレナの頭に手を置いた。
くしゃくしゃと撫でると、にかっと微笑む。


「まぁ・・・・・レナもこの年になりゃわかるかな。」
「・・・・・じゃあ・・・・私は一生追いつけないのね・・・・・。」
「えっ・・・・・?」
淋しそうに眉を寄せてレナが呟く。
言葉の意味がよくわからなくて、ボーマンは聞き返した。
だがレナは淋しそうに微笑むだけ。



あなたの力になりたくて、がんばっていたけれど。

あなたと対等になりたくて、がんばっていたけれど。

私はあなたの隣に立つどころか、近付くコトもできないのね。



「レナっ!?」
ぽたりと、机に零れた雫。それに驚いてボーマンが立ち上がる。
「ご、ごめんなさい。なんでもないの。」
慌てて涙を拭うと、にこりと笑みをつくる。



あなたの生き方が好き。



エラノールちゃんをたすけようとがんばったあなたの、あの姿に胸を打たれたわ。

前線基地で傷付いたたくさんの人達の、治療を手伝っていたあなたに胸を打たれたわ。

自分も傷ついているのに必死でがんばっているあなたが、その瞳が、汗が、羨ましくて。

だから私は医学を志そうと思ったわ。
あなたみたいな人間に・・・・・・・なりたいと思ったわ。


でも・・・・・。

「レナ・・・・・追いつくなんて簡単だぞ。」
「・・・・・っ?」
突然のボーマンの言葉に顔を上げると、真剣な瞳。
さっきのレナの言葉を理解したらしい。
ボーマンはレナの頭を優しく撫でると、レナの大好きな笑顔で笑った。


「だってこの俺がお前に教えてんだからさ。俺の知識、すべてをお前にやるよ。
お前は俺のただ一人の教え子だからな。」
にかっと笑って。その笑顔に・・・・・再び涙が溢れそうになる。

「追い付く・・・・だけじゃないわ。追い越してやるんだから。」

すんっ。と、鼻を啜って。力強く応えた私に、あなたは力強い瞳でにかっと笑った。

あとがき

某所で頂いたリクエスト。
先生がボーマン。生徒がレナのボーレナでしたv

いやはや・・・・難しいですね〜先生・生徒ネタ!
大好きなネタですが・・・・・
はたして学校に入る前からこんなに解剖勉強しておくべきなのか・・・・(汗)

ちなみにボーマンが答えているてのひらが正面の理由
これが正しいのかはわかりませんので・・・・(汗)
信じないでくださいネv

ただ、てのひらが下向いてると骨が重なるよ〜
だから注意してねvってのを私は学校でならっただけですので・・・・
専門とされている方、本当の答えを知っている方
こっそりと「違うよ〜」って、教えてくださいv

2002/04/05 まこりん



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