■■■ 癒しの手


ネーデにある唯一の娯楽施設ファンシティ。
夢の詰まったこの街には、昨日までのように明るい音楽は流れているけれども、それでもやはり暗く沈んでいて。
ふらふらとさ迷い歩くと、街ではまだ少しところどころで煙がでていて、物の燃える匂いやら床に残る血の跡、そして呻き声。
陽気な街を突如襲った十賢者の被害は、とても大きなものだった。

瞳を閉じれば、あの惨劇が鮮明に脳裏に浮ぶ。
逃げる人々を追いかけ、後ろから放たれた一線の光が、一瞬にして逃げる人を消し去った。
一瞬で消え去った人もいたけれど、微かに息を残して苦しむ人もいた。
レナは込み上げてきた嘔吐感に、「うっ」と口を抑える。

ふらふらするまま…ただただ、何も出来なくて。
街をさ迷い目の前に広がる光景に、ぎゅっと目を瞑った。

と、その時、微かに聞こえてきた、聞きなれた声。

「コレで大丈夫…。まだどこか痛みますか?」

聞きなれた声なのに、そんな丁寧な口調は聞いたことがなくて。
レナはそろりと声の方へと足を向けた。

「…私はいいんです。それよりこの子を…この子を助けてやってください…。」

かさかさの手が大事そうに胸に抱いた少年を男に差し出す。
太陽みたいな金髪に、黒いカタマリがこびりついていて…それにレナははっと目を瞬いた。

その少年を差し出された男がそっと少年の手首を掴む。
暫くしてゆっくりと首の側面に手を押し当てて、眉を歪めると瞳を閉じた。

「痛いって…泣いていたんです。痛いって…。」
少年を抱いた老婆の瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちる。
「ここに来て、一日中遊ぶんだって…隣の家の…大好きな女の子にお土産買ってくんだって…言ってっ…!」
老婆が少年を抱き締める手に力を込める。
「かわいそうに…まだ、私の半分も生きていないのにねぇっ…。」
レナは鼻の奥がじんっと熱くなるのを感じた。
喉の奥が熱くて、視界が潤んでくる。
だって…遠目から見ていても、腕をだらりと垂らした少年の状態はわかって。

角度から、白衣を着た男の背しか見えなかったけれど…。
「綺麗に…拭いてあげよう。遠い空の上でも…痛むことがないように。」
ポケットからハンカチを取りだして、ゆっくりと…煤汚れた少年の頬を拭う。
金髪も優しく拭いたが、固まった血液は取れなくて。
綺麗に拭かれる間、一度も動かない少年―――――。
「この子の名前は?」
「…………です。」
老婆がふっと瞳を伏せる。
ぽたぽたと溢れ出す涙が、少年の汚れた服に染みを作る。

「よく痛みを我慢したね…もう…痛みはないだろう?」
男の大きな掌が、ゆっくりと少年の頭を撫でる。
ゆっくりと、ゆっくりと…撫でて、優しく少年の名前を呟いた。
別に手が光るわけでもなくて、ただただゆっくりと撫でるだけだったし、少年の土気色の顔に赤みが戻る訳でもなかったけれど…。苦痛に歪められているような顔つきが、ふっと…男の手が離れていくと同時に和らぎ、安らかな寝顔になったような気がして。
レナの胸がどくんっと波打ち、溢れ出す涙を堪えきれずに手で拭った。

「ありがとうございますっ…!!」
ぎゅっと少年を抱き締めて、額が床にくっつくくらいに深深と老婆が頭を下げた。
その瞬間、レナには見えたのだ。
男の唇が悔しそうに…噛み締められたのが。















壁に背中を預けて、ゆっくりと灰色の空を仰ぎ見る。
手に持ったタバコを口に含むとゆっくりとその苦味を味わって。
勢いよく煙を吐き出すと、ぽいっと地面に投げ捨てる。
そしてまるで忌々しいものを踏みつけるかのように、ぐりぐりと靴で揉み消した。

この胸に広がるモノをなんと現したら良いのか。
じっと…薄汚れた掌を見詰める。
無力な――――掌。
薄汚れた白衣が風に舞って、視界の端にうつる。
それにふっと自嘲気味に笑って、ぎゅっと拳を握り締めた。

「ボーマンさん…。」

ふっと…自分の名前が呼ばれるが、反応する気にもなれなくて。
ただじっと自分の足で潰れた煙草を見詰める。

「ボーマンさん…?」

もう一度確かめるように呼ばれて、ボーマンはゆっくりと顔を上げた。
普段のボーマンからは考えつかないほどにゆっくりとした動きで、彼は近付いてくる少女を見た。

埃にまみれた蒼い髪に、それでもなお輝きを失わない月の髪飾りを付けて。
かわらない笑顔で、でも泣きそうな瞳で…レナが立っていた。

そのレナの瞳で、先ほどまでの自分のやり取りを彼女が見ていたということが、ボーマンは伝わった。
その瞬間空虚だった胸の中に、どっと重くのしかかる嫌な気持ち。
先ほどまで何も考えられなかった頭に、胸に、広がる黒いモノ。

「見て…いたのか…。」
掠れる声が、震えているのが自分にもわかる。
「……うん。」

ズズっと壁に寄りかかりながら、ボーマンがその場に座りこむ。
ボーマンがレナ達の仲間に入った当時は真っ白だった白衣は、もう薄汚れていて…それをボーマンはぎゅっと握り締めた。

立てた膝に腕を乗せて、顔の前で手を組むとそこに額を押し当てる。
震える手の振動に、またふっと笑って。
ボーマンはゆっくりと深呼吸をした。

そのボーマンの姿に、レナの胸が痛む。

『ボーマンさんはスゴイね。』

掛けようと思っていた言葉は、残酷すぎて言葉に出来なくて。
レナは近寄ろうと踏み出した足を止めた。

落ち込んでる彼を、癒すにはどうしたらいい?

わからなくて。
彼の気持ちを思うことは出来るけれど、理解出来ないことが自分には苦しくて。
レナは痛む胸に、ぎゅっと掌を押し当てた。
ボーマンの痛みを理解出来ない自分がもどかしくて、悔しくて。

痛みを、苦しみを和らげてあげたいのに…できないもどかしさ。

レナはゆっくりと…ボーマンに近寄った。
言葉をかけることなんて出来なくて。
何を言ったってそれは彼には残酷で、軽はずみな言葉で。

だからただそっと…自分の無力さに苦しみ、傷付き、その痛みを抱え込んでいる彼を抱き締めることしか出来なかった。

ふわりと…ただ手を添えるように抱き締める。
レナの体温がボーマンを包み込んだ。

「あんなの…ただの、気休めだ。」

ふるふると震えはじめたボーマンを抱き締める腕に力を込めて。
レナの服の袖を握り締めたボーマンの手が、僅かに震えていて。

「人を助けたくて医学を学んだ。医学を補うためにも薬草学を学んだ。でも…それでも。学べば学ぶほど、自分の限界を感じ…無力さを痛感するよ。」

「そんなこと…ない。あなたのおかげで、助かった命もあったはずよ?」

するりとレナの腰に腕を回す。
ぎゅっと抱き締めると、ふわりとレナの香がただ寄って、ボーマンは瞳をぎゅっと閉じた。

「あなたは、どうしてここにいるの?皆は宿で今日の疲れを癒してる。でもあなたは、自分の怪我もほっといて、こうやって街に出て…まわっていたんでしょう?助かる人を、助けるために。」

「身体の傷は癒せても、心の傷は癒せないこともある。」

震えるくらいに力の込められたボーマンの腕の強さは、レナには痛いくらいに苦しいもので。
身体が…ではなく心が。

「でもあのお婆さんは癒されてたよ?あの子も…ボーマンさんに撫でられたあと、安らかな寝顔だったよ…?」

堪えきれなくなってきて…レナはぱちぱちと瞬きを繰り返す。
涙が溢れ出した。
感情の波って…きっとこういうこと。

「あなたは、あなたに出来る精一杯、最大限のコトをしたじゃない!」

レナの言葉にボーマンは胸の奥が苦しくなる。
目頭が熱くて、視界が潤む。
ボーマンは唇を噛み締めると、レナの背中にまわした腕に力を込めた。
細い身体から命の鼓動と温もりが伝わって。
懐かしい…心地良い、リズム。

『ありがとう』

口には出さないけれど、抱き締める腕が優しく変化して。
それはレナの胸にしっかりと伝わった―――――。





あとがき

999HITありがとうございましたv
ぷちさんからのリクエスト
『ボーレナ・ボーマン先生の医者っぷりが発揮されている部分』
でした…v

あわわわ。ごめんなさい。
リク仕上る度に謝っていますが、どうしてこう…
リク内容を裏切るんでしょうか?私…
ボーマンさん医者っぷり発揮してないし
してないどころか…壁にブチあたってるよ!
しかもコレって結局癒されてないよね…痛っ

ぷちさんリクエストありがとうございました。
コレで大丈夫でしょうか?
満足いかなければ本当に書きなおしますから!
遠慮なくおっしゃってくださいv

2002/11/05 まこりん



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