■■■ 好物


「味噌汁がのみてぇな。」
「え?」

突然後ろから聞こえてきた声に、レナは顔を上げた。
もっていた万能包丁をまな板の上に置くと振り返る。
後ろのテーブルではボーマンが火のついていない煙草をゆらゆらと揺らしていた。

「ボーマンさん、お味噌汁がのみたいんですか?だったら今夜のメニューにいれましょうか?」
「ん?あ…あぁ…悪いな。」

レナの言葉に、ボーマンが苦笑する。
なんだか予想外の反応に、レナは戸惑った。
どうやら今夜の食事を作っているレナに対して、リクエストをしたわけじゃないらしい。
ただの独り言だったのかもしれない。

「じゃあ、そうしますね。」

まぁ、とりあえず飲みたいらしいので作ることにする。
いつだったか初めてボーマンの家に泊まった時に出てきた味噌汁の具が、『大根』だったことを思い出して、レナは足元の野菜置場から丁度今日買ってきたばかりの大根を手に取った。

「具は大根で良いですね〜?」
「あ。」
「え?」

ボーマンの言葉に、再びレナは振り返る。
そこでは困った様に苦笑したボーマンの顔。
顔全体に疑問符を浮べるレナに、ボーマンは慌ててタバコを口からとった。

「あ、いや…大根以外で頼む。」
「…はい。いいです…けど…。ボーマンさん嫌いなんですか?」
「いや…そういうわけではないんだが…。」

ははっと困った様にボーマンが笑って。
レナは大根をもとに戻すと、ワカメを手にとる。
大根はやめてワカメの味噌汁にしようと思ったからだ。

「以前ボーマンさんのお宅に泊めてもらった時に『大根の味噌汁』だったから、好きなんだと思っていたんですけど…そうでもないんですか?」
「ん…いや。嫌いじゃない。」
「じゃあ………。」

とんとんと。
ワカメを切る手を止めて。
レナは頭に浮んだ考えに、目を見開いた。

浮んだのは、彼の奥さん。

春の笑顔をしたニーネさん。

あぁ…。と。

理解して。

「ただのラブラブですか。」
「おいおい。」

レナの言葉に、ボーマンが苦笑する。
レナは軽く溜息をつくと、ぐつぐつと煮え立った鍋に、ワカメをいれた。
ぱぁっとお湯の中で広がって、ゆらゆらと鍋の中でワカメが踊る。

「………気にしていませんけどね。」
「レナ。」

とんっと…火のついていないタバコをテーブルに当てて、ボーマンは困った様に笑う。
その苦笑に背を向けているレナには、ボーマンのその時の気持ちなんてわからなかったけれど。
いつもボーマンが自分に対して『ニーネさん』の会話になった時に見せる表情を思い出して………レナはぎゅっと包丁を握り締める手に力を込めた。

悪いのは自分。

彼に奥さんがいるのを知っていて、好きになった自分。

でも仕方ないじゃない。

人を好きになるのに、理性なんてはたらけないんだから。

好きになりたくてなったわけじゃないし、嫌いになりたくたってなれるわけじゃないし。

ただの片想い。

それが相手にバレてしまっているだけ。

そして相手は優しいから。

それでも奥さんが1番好きなことに変わりはないから。

ただの並行線。

最近良く見る彼の困ったような笑顔に、泣きたくなるだけ。

「奥さんの『大根の味噌汁』以外は飲みたくないんですね。」
「…悪いな。」

そんな自分に対して、正直に答えるのが彼の優しさ。
でもそんな優しさに、たまにむしょうに腹がたってしまうから。

「なら私もこれから一生あなた以外に『大根の味噌汁』はつくりません。」
「レナ!」
「………嘘ですよ。」

ふふっと笑って、レナは再び料理に戻る。
ボーマンの溜息が後ろから微かに聞こえて、レナは胸に込み上げてきた何かに唇を噛み締める。
ぐつぐつと沸騰してしまった味噌汁に、慌てて火を止める。

「いけない…。」

軽く味見をしてみようと熱い味噌汁に息をふきかけて。
ほんの少し口に含むと眉を寄せた。

「しょっぱい…。」

小さく溜息をついて、潤む視界に目を閉じた。






あとがき

1周年記念なのに切ない!!
何故!??
私なんだか切ない系カタコイブームが来てしまっているみたいで…
アハハー……(汗)
ボーレナファンの方スミマセン!!

この小説をアンケートに答えて下さった方々にささげます。

2003/08 まこりん

1周年記念アンケートにお答えくださった方がたに
こちらの小説をおくりました。
もう1ヶ月たったのでサイトの方にアップしますv
お答えくださった方々、その節はありがとうございました。
参考にさせて頂きますv



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