■■■ 移り香



「あら・・・・・?」

すれ違い様に聞こえてきた声に、自然と足を止めた。
振り返ると、仲間の紋章術師が濡れた髪の毛をタオルで覆っていた。

鼻を擽るシャンプーの匂い。
紅潮した頬。
お風呂上がりなのかと、女の自分でも思わず見惚れてしまう姿に納得した。

「なんですか?セリーヌさん。」
「レナ・・・・・って、タバコ、吸いませんわよね?」

一瞬なんのことを言われたのかわからなくて、何も考えられなくなる。
そして次の瞬間、何を言われたのか理解して、その言葉の意味も理解して・・・・・・。

「えっ・・・・・。」

自分の顔が耳まで紅くなっていくのが、顔中に伝わる熱でわかった。
ぱたぱたと、音を立ててセリーヌさんが近付いてくる。
楽しそうに微笑んでいるセリーヌさんに、慌てて首を横に振った。

「ち、違いますよ!?ボーマンさんとなんて・・・・。」

しまった・・・・と思って、口を掌で覆っても、目前の女性の瞳が妖しく光るのがわかってしまった・・・・・。
しかも今頭を振ったら、自分の髪の毛から煙草の香りが漂った。
これじゃあ・・・・・カマをかけられたわけでもなく、本当に香りが移ってしまっていたのだろう。

はぁっ・・・・と、溜息を一つ。

「わたくし、別にボーマンといたんですの?なんて、聞いてませんわよ?」

ほらきた。この女性に隠し事なんて、絶対に出来ないってわかってる。
だから、参りましたとばかりに両手を軽く上げて、セリーヌさんの服の裾を手で引っ張った。

「あの、みんなには内緒に・・・・していてくださいね?」
「うふふ・・・・・。可愛いわね〜。耳まで真っ赤ですわよ。」

つんっと、膨らませた頬を指で突付かれ、笑われる。
余裕ぶった目の前の女性に、ちょっと拗ねて。
唇を尖らせると、トンっと・・・・・・セリーヌさんの鎖骨を指で押した。

「ココ、セリーヌさんの服じゃ、みえちゃいますよ。」
「・・・・・・っ!?」

セリーヌさんの頬が一瞬で真っ赤に染まっていく。
それはお風呂上がりだからって、理由じゃないのは私にだってわかった。
セリーヌさんだってからかわれ慣れていないから、コレくらいのコトで真っ赤になってうろたえるクセに。
セリーヌさんだってそういうカワイイところがあるじゃない?

「あ、あ、あのバカっ・・・・・!!」

逃げるように走り去っていったセリーヌさんを見送りながら、心の中で舌を出す。

ごめんね。クロード。
これからあなたに落雷が落ちるかもしれないわ。
身に覚えのない理由で。
でも、窓くらい、閉めてやってよね。
触発されたボーマンさんをかわすの、大変だったんだから。
ヤってたこと事体は本当だもの。
いいわよね?コレくらい。

ふうっと、溜息一つ。
そこでまた自分の髪から煙草の香りが漂った。
あなたの、香り。
街中で、沢山の煙草の香りの中から、あなたのものと同じ香りを見つける度に、私がどうしようもないくらいに切なくなるの、知っているのかしら?
なんてちょっと、拗ねてみたりして。
まるでいつも、あなたを探しているみたいじゃない。

探しているんだけど・・・・。

「レナ。」
「きゃっ・・・・・。」

突然後ろから抱きしめられる。
お腹の前で重ねられた掌に、自分の掌を重ねてぎゅっと眼を瞑った。
すると、ホラ。
また、あなたの香り。
身体が、脳が、覚えている。
タバコのニオイ。

振り返らなくても、もうあなただってわかるの。
そんな自分に半分呆れて、半分擽ったいような幸せを感じて。
その掌に重ねた掌に力を込めた。

「急に、どうしたんですか?」
「イヤ、さっきフラれたけど、また懲りずに誘いにきた。」

耳許で囁かれる、吐息が擽ったくて、思わず首を竦めた。
私の腰にまわされた、太くて硬い二の腕。

抱きしめられると、それだけで心地良くて、
このままずっと抱きしめていて欲しいって、思ってしまう。
私の掌よりも、ひとまわりもふたまわりも大きな掌も、すべてが心地良くて。

愛しくて。
ダイスキ。

「だめですよ。これからお風呂に入るんですから。」

だからその後で・・・・・。
そう言いかけた唇を、そっと塞がれた。

身長差からも、その体勢からも、ちょっと辛かったから、軽く触れるだけだったけれど。
私の身体を熱くさせるには十分だった。

「一緒に入ろうぜ。」

まるでコドモみたいな瞳であなたは笑う。
その瞳に私が弱いって、知っててやってるから確信犯。
その瞳で私を狂わせて、困らせて、誘惑して。
イヤなヒト。
でも、イトシイヒト。

「さっき、セリーヌさんにタバコのニオイがするって、言われちゃいました。」

責任とってくださいよ。
と言わんばかりに下からあなたの顔を覗きこむ。

すると、いつものように余裕たっぷりの顔で、あなたは笑った。
お腹に当たる手の温もりが、身体全体に広がってゆく。

「良いことじゃねェ?だって、一緒にいないと移らない香りだろ?
俺のモンって、シルシになるじゃねェか?」
「・・・・・。」

呆れて何も言えやしない。
ううん。うそ。
ホントは嬉しくて、何も言えやしない。

だって、私もそう思ったから。
タバコのニオイ。あなたのニオイ。
私に染み付いた、あなたのニオイ。
まるでマーキングみたいだわ。って、思ってた。

だからなんだか嬉しくて。嫌だなんて思わなかった。
心地良いニオイに嬉しくて、ホントはちょっと、顔が笑ってしまうの、ずっと抑えてた。

「それにさ。さっき・・・・白衣羽織ったら、おまえの香りが移っててさ。
いてもたってもいられなくて・・・・。
さっきフラれたのにまた、誘いにきちゃったし。」

ボーマンさんの言葉に、身体中の血が沸騰したみたいに熱く燃えた。
激しい動機に、息も出来やしない。
あなたからの移り香と、わたしからの移り香。
なんて素敵なマーキング。

「一緒に、お風呂はいろうぜ。」

そしてやっぱりコドモみたいに笑って。
やっぱりあなたは確信犯。
二人一緒の石鹸の香りがするなんて、素敵だわ。
って、私が考えたことを知ってて、そう言うのでしょう?

でも素直に頷くのはイヤだもの。
だから・・・・・・。

「キスしてくれたら。」

そう言って、彼の広い胸に抱きついた。

抱きついた胸からは、ホラ。
やっぱりタバコのニオイ。

今夜はそれぞれのニオイをさせるんじゃなくて。
二人一緒のニオイで染まりましょうよ。
なんて甘く囁いて。
ガラにもなく照れたあなたに、自分から唇を寄せた。



あとがき

これも某所に送った小説です
さっきまでずっと一緒にいた人と別れた後に
ふっと自分の身に纏った物からその人の香りがする瞬間
どことなく擽ったいような気がして
どことなく淋しいような気がして・・・・・
って、気持ちが書きたかったんですけれど
ただのバカップルになってしまったようです・・・・・

ばかっぷるばんざ〜い!

改定にあたって
改定するする言ってもこういうのは無理ですね〜(爆)
年齢指定とかはもう目も当てらんないくらいですが
この辺は今も変わらないのでどうしようもありません…

でもコレ結構お気に入りですv

2001/09/05 まこりん



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