言えない言葉がある。 クロードに言えない言葉が。 それは旅を続けるにつれて、僕の中で日に日に大きくなっていく言葉なのだけれど。
「アシュトン?どうしたんだい?」 「クロード?」 ざわりと胸が騒いだ。 風が強い日だから、その風が木々の葉っぱをゆらしてざわざわと煩かった。 でもソレ以上に、自分の胸の疼きが、ざわざわと煩い。 たたっと小さくかけよってくるクロードの瞳はいつもと一緒で、いつもと同じ笑顔で。 それに僕もつられて笑う。 さっきまでの胸のざわめきと共存する、胸の中の暖かさ。 「今日は風が強いね。寒くない?」 僕と違って腕を剥き出しのクロードに問い掛ける。 そしたらクロードはプっと小さく吹き出して、そして楽しそうに笑った。 「大丈夫だよ。アシュトン。それより君は?君は寒くない?」 「うん。大丈夫だよ…って言うか、なんで笑ってるの?」 「だってそれ、昨日も聞いてきた。」 「え?そうだっけ?」 そう言えば昨日も風が強くて、僕は昨日もこうして見晴らしの良い丘に登っていて。 そして昨日もこうやってクロードがかけよってきて…。 ああ…そうだね。 昨日も同じ会話を繰り返した。 「アシュトン…最近おかしいよ?なんかあったの?」 ざわりと胸が騒いだ。 また…だ。 どうして胸がざわめくのかわからないけれど、いつもこうしてざわざわと騒ぐ。 それはクロードと話ている時ばかりで…。 「そうかな…?なんか…疲れてるのかも。」 「大丈夫?暫くここにいようか?」 何故かぼーっとして、心はここにあらず。そんな感じ。 クロードに言われるままその場にぺたんと座り込むと、クロードも隣に座った。 ざわざわと強い風が吹く度に騒がしい木々のざわめき。 「アシュトン、ここ、いいよ。」 ぽんっとクロードが自分の太腿を叩く。 それが一瞬何のことだかわからなくて、瞳をきょとんとさせたらクロードに肩を抱き寄せられた。 「あわわわ…っ…!?」 そしてそのままどさりとクロードの膝の上に倒れ込む。 いわゆる膝枕。 その状況にさっきまでぼーっとしてた頭が瞬時に真っ白に染まって。 「く、くろーどっ!?」 「いいよ。アシュトンになら特別、かしてあげる。」 さらりと前髪を撫でられて。 その心地良さに涙が出そうになる。 なんでこんなに情緒不安定なんだろう。 自分の心がわからない。 最近なんだ。本当に最近なんだ。 こんなの。 おかしい。 今までこんなことなかったのに。 ざわざわと木々が煩くて、視界の端で揺れる草が邪魔で。 でもこの空間が幸福で。 「アシュトン。」 「何?」 ふっと顔を上げると、クロードの顔が近付いてきて…そっと…唇に生暖かな感触。 触れるだけのそれはすぐに離れて、僕の唇にクロードの唇の感触を残しただけで。 「好きだよ。」 ぼっと、顔から火が出るんじゃないかってくらい熱くなる頬。 かーっと頭の先から足の指先まで熱くて、呼吸も出来なくなりそうで。 「クロード…。」 「ん?」 「………。」 喉まででかかった言葉が、でてこない。 かわりにでてくるのは……。 「っく…。」 「アシュトン!?」 小さな嗚咽と、溢れ出した涙だけで。 驚いてわたわたと手を振るクロードに、益々涙が出てきて。 「ごめん。ごめんね。」 「アシュトン?何!?キスが嫌だった!?」 「ちが…違うんだ。なんか、涙が、勝手に……。」 「僕が嫌だったってこと?」 「違う!違うんだ…本当に、僕は……クロードが…。」 好きなのに。 言えない。 言葉にならない。 言おうとすると、身体が固まる。 呼吸ができなくて。 幸せ過ぎて。 幸せ過ぎて。 辛くて。 だって幸せな空間がなくなるなんて一瞬なんだ。 一瞬で僕は故郷も両親も失って。 いくら好きでも大切でも、永遠な時なんてなくて。 クロードは地球に帰って。 僕はココでヒトリ残されて。 この旅の先に、幸せはないんだ。 エナジーネーデが救われて、エクスペルが戻っても、君はいないんだ。 エクスペルは君の居場所じゃないから。 僕の隣に君が永遠にいることは無くて。 だから言えない。 『好き』と口にしたらもう、後戻りが出来なくなる。 恐い。 恐いんだよ。クロード。 僕はなんて臆病なんだろうね? いつかくる別れが恐くて、君に一番言いたい、あげたい言葉が出てこないんだ。 僕はなんてズルイんだろうね? 君からは沢山の幸せをもらっているのに、君に何も与えてあげられないんだ。 あとがき |