■■■ カワイクナイオンナ - act.1 - 重たい瞼を開けると、目の前には真っ赤に燃える炎のような空が広がっていた。 何を思うよりも先に、顔に張り付いた髪の毛が気持ち悪くて、それを退かせようと鉛みたいに重たい腕を、なんとか持ち上げる。 すると腕に張りついていたほんの少し湿った砂が、ぱらぱらと落ちてきて。 それが目に入るのを防ぐためにぎゅっと目を瞑った。 ぷらぷらと振って砂を払い落とすと、髪の毛を退かし…なぜがぱりっと…顔から剥がれるような感覚。 それに心なしか顔がぱりぱりとしていて、ほんの少しヒリつく感覚がする。 なんでだろう…?って思って、ずきりと頭が痛んだ。 爆発する轟音。 揺れる船体。 誰かの悲鳴みたいな叫び声に、掴まれた腕。 引き寄せられて、浮遊感を感じたと同時に水に叩きつけられた。 激しい水音と、身体中を打ちつけられた痛み。 そして突然のコトに、溺れそうになって…。 自分の腕を掴んでいた腕に、必死にしがみついた。 初めての敗北――――――。 エルリアに向かう船の上での出来事。 思い出したら急に身体中のあちこちの痛みに気が付いて、ぎしぎしと音がしそうな身体をなんとか起こした。 瞬きをひとつ。 広がる浜辺。 広がる真っ赤な空。 海からの潮風がねっとりと生温かくて、それにぞくりと身体を震わせた。 身体で直感する。 きっとここは…エルリア大陸…………!! ねっとりとしたこの空気は、魔物の親玉の息吹の様な気がして、鋭い瞳で見られているような気がした。 ぞくぞくと背中が粟立つ。 ぶるりと身体を震わせて、自分の身体を包みこむように抱き締めると、思い出したように顔を上げた。 皆はっ………!? 言葉にするよりも先に、瞳が仲間の姿を捕らえる。 長い黄金色の髪をした美女を、抱き起こす考古学者。 肩を震わし、天を仰ぎ見る少女。 その少女に寄り添う剣士。 自分の腕に、包帯を巻き付けている薬屋。 そして…疲れきった身体を、なんとか気力で動かす自分。 ぱちぱちと…何回か瞬きを繰り返した後、ゆっくりと辺りをもう一度見渡した。 そして急に、今までなんの音も聞こえていなかった耳が、急に少女の声を捕らえた。 「クロードっ…!」 背中がすうっと冷えていく感覚。 足元から掬われる様な気がして、その場に立っていられなかった。 くらりと回る視界。 「セリーヌっ…!」 その場に崩れ込んだセリーヌに、ボーマンが駆け寄る。 慌ててセリーヌを抱き起こすと、胸元から傷薬を取り出した。 「おいっ!?大丈夫か!?」 「ボーマン…。えぇ…平気…ですわ。わたくしは…。」 くらりと回る視界に、気持ちが悪くて手で瞼を覆った。 氷みたいに冷えた身体が、きしきしと音を立てて。 震える唇は、かさついてうまく言葉を紡げない。 「クロードっ!クロードっっ…!!」 「レナっ…!」 宙に伸ばした腕をばたつかせて、レナが泣き叫ぶ。 その声に、身体がふっと軽くなった。 身体の震えが止まる。 セリーヌはキッと前を力強く睨みつけると、勢い良く立ち上がった。 軽い立ちくらみを覚えてふらつく身体を、ボーマンがセリーヌの腕を掴んで支える。 「レナ…取り敢えず、ここに住んでいる人達を探しましょう?もしかしたら他の人達も流れついてそこにいるかもしれませんわ。」 『他の人達』…もちろんそれにクロードも含まれる。 セリーヌは口に出来なかったのだ。 『クロード』の名前を。 目を瞑るとクロードの笑顔が浮んだ。 武具大会の後、二人で交わした唇の温もりもちゃんと覚えてる。 だからクロードが、死んでいる筈はない。 そう自分に言い聞かせることしか出来なかった。 続く あとがき |