■■■ カワイクナイオンナ - act.3 - 「心配…かけてすみません。」 「………。」 さくさくと砂を踏む音が、寄せる波の音に混ざって耳に届く。 ふわりと海からの風が、銀紫の糸を攫った。 「セリーヌさん。」 耳に届く声は、愛しい少年のもの。 でも…そんなもの。 どうでもよかった。 あんなにあの声で名前を呼ばれるのが大好きで、彼の声で名前を呼ばれると嬉しかったのに…今はどうでも良かった。 返事をする気にもなれない。 カワイクナイオンナでも――――いい。 もうどうだって、いい。 セリーヌにはなんだか何もかもがどうでもよくなってきていた。 「セリーヌさん?」 「……もう…いいですわ。皆のところに…戻ったらいかがですの?」 自分で自分の声にビクリと肩を震わせる。 冷たい声色。 目をぎゅっと瞑れば、レナを胸に抱き止めるクロードの姿。 泣かない自分を心配していたオペラとエルネスト。 クロードが戻ってきてからも、1度も涙はでなかった。 「怒ってるんですか?」 クロードの問い掛けはあたり前だろう。 自分の声は、口調は、どうみても怒っているように聞こえるはずだ。 違うのに。 怒っているんじゃなくて…怒っているのではなくて。 「違いますわ。あなたが無事だと…わたくしにはわかっていましたもの。心配なんて…していませんでしたわ。」 「セリーヌさん?」 少し傷付いたようなクロードの表情に、セリーヌは自分の胸が僅かに軋む音を聞いた。 つきん、つきんと、心臓がいつもと違う心音をさせる。 「わたくしは…明日の決戦に向けて…精神集中したいだけですの。ですから…一人にしていただけないかしら?」 嘘ばかり口から零れて。 思いとは全然違うものが、言葉となって口からでていく。 イラだってた。 色々なコトが重なって。 敗北と、クロードがいないと気がついた時の喪失感、不安、恐怖。 あの少女の様に、全身で不安だと言えない自分。 涙を流すことも出来ない自分。 声と、指先を、震わせながら、頭の中でくるくると回る不安や恐怖に、耐えていたあの期間。 彼が戻ってきた時の、喜びと、切なさと、苦しさと。 そこは…わたくしの位置ではないの? わたくしの居場所ではないの? 強がって泣かなかった自分を、次に襲ったのは嫉妬。 カワイクナイオンナ。 泣けば良かったのに。 心配したならそう言えば良かったのに。 あの子みたいに集落の入口で、待っていればよかったのに。 皆が寝静まった頃、自分が一人浜辺に向かったことに気がついてくれたクロード。 それが嬉しいなら、素直にそう言えば良かったのに。 心配していたのにと。 あなたが無事でよかったと。 抱きついて、伝えれば良いのに。 いつだって素直になれない。 ばかみたいなプライドが、それを拒んで。 「でも…モンスターもでますし…ここにあなたを一人で残していくワケには…。」 「いいから!!」 びくりとクロードの肩が揺れた。 荒げた声に、息が乱れる。 自分でも驚いた。 驚いた顔をして…そして次の瞬間。クロードはかなしそうに、淋しそうに瞳を伏せる。 それに何かを言おうと思って…セリーヌは再び口をつぐんだ。 「僕は…一人で…浜辺で目が覚めた時、見慣れたアメジストの色がないことに…身体中の血の気がひきました…。だから集落に近付いた時…遠くからみてて…アメジストの輝きを見つけた時…やっと安心したんです。」 「………わ…。」 こくりと唾を飲み込む。 突然言われた言葉に、身体が金縛りにあう。 「別にあなたにもそれを求めていたわけではないけれど…でも…真っ先に、アナタが生きていることを、この手で…腕で…肌で。感じたかった。」 言われた言葉に息が苦しくなる。 震え始めた指先は、さっきまでのわけのわからない苛立ちからじゃない。 セリーヌはぎゅっと拳を握ると、クロードのことを見詰めた。 今の自分がどんな表情をしているのかなんてわからない。 「あなたが無事で…よかった。」 泣きそうな顔で笑うクロードに、胸が締め付けられる。 わたくしも!!そう思ってた。 言いたい言葉は、焼けるような喉の奥から出てこない。 何も応えないセリーヌに、クロードは困った様に、淋しそうに笑うと背を向ける。 そしてさくさくと…砂を踏む音だけを響かせて…集落への道を歩いていってしまった。 残されたセリーヌの頬を、紅い月に輝く雫が1つ…零れ伝い落ちた。 つづく あとがき |