■■■ コンマ1秒
わかっているつもりだったし、覚悟はしていた。
そう。
覚悟は。
だから迷いはなかったのだ。
あの時の自分に。
ごうごうと叩きつけるように吹き荒れる風。
どう考えてもあっちの方が詠唱が早い。
2秒は差がある。
だからこっちはその詠唱に対抗するためにも、詠唱時間の少ない紋章術を使うしか術はなくて。
あたったところで効果はなく、もちろんその威力の弱い紋章術ではいままでの弱い敵と違い、詠唱をとめることなんてできなかった。
「滅びの風よ…!!」
くるっ…!!
わかっていても避ける術などないけれども、必死に少しでも遠くまでとはなれて。
ふっと周りに目をやれば、体力のつきかけた仲間たち。
回復術を使える少女が、必死にそれを連続でつかっていて。
青白くなった頬は、彼女の限界が近いことを物語っていた。
このままじゃ誰一人として、最上階まで持つまい。
こくりとつばを飲む。
ゆっくりと数を数えて、頭の中をめまぐるしく色々な要因だとかそういうものがめぐって。
コンマ1秒。
ふっと頭に浮かんだ。
コンマ1秒。余裕があれば。
敵の紋章術を避けることなんてできないのだ。
どう考えてもこれは避けられないし、止められない。
止められない小さな紋章術を連発したところで、この不利な形勢はかわらない。
敵の口がゆっくりと動く。
伸ばされた手。
蒼い髪の少女はソレを先読みしていたのか、すでに詠唱にはいっている。
頭でなんて考えられなかったから、体が勝手に動いてた。
避けられないなら、避けなくていい。
この身を引き換えにしてでも。
紋章術を発動するには、紋章に力を吹き込めばいい。
紋章さえ発動出来る準備まで持っていければ、他に必要なのはソレを発動させるきっかけが必要なだけ。
紋章術の名など、発せなくても良い。
極端に言えば、紋章術さえ発動できる段階まで持っていければ、どんな声でもいい。
何か一言発せれば、それが発動のきっかけになるのだ。
それならば。
「滅び…を……身にまとい…。」
聞こえた瞬間、すべての集中力をソレに持っていく。
避けられない物を避ける必要などないのだ。
そんなことをしていたら、この戦いに勝つ術などない。
いつものように太腿に刻んだ紋章が熱く、熱を帯びる。
熱く、熱く、燃えるように熱を帯びて。
つつーっと、頬を汗が流れた。
「セリーヌっ…!!!!」
聞こえてきた声に、振り返りもせず。
コンマ1秒。
間に合う筈だ。
ただ一言でいい。声を出せればこの紋章術は発動される。
敵の詠唱がこちらよりもはやくとも。
その紋章術がこちらにとどくまで。
このわたくしの紋章が完成するまでに、コンマ1秒間に合う筈だ。
風が吹き付ける。
そして。
どんな術者でも、術を唱えた後は無防備になる。
奴が体勢を整える前にコンマ1秒、こっちの術が届くのが早いはず。
今までのなかで一番、強い風。
たっていられなくて、意識が遠のいても。
それでも集中を途切れさせてはダメだ。
「セリーヌさんっ…!!!!」
光が見えた。
彼女の唱えた術の、効力がこちらに届くのも。
おそらく。
すべてにおいてコンマ1秒間に合う筈だから。
迷いはない。
目の前に迫りくるサイクロン。
「きゃあああああああああっ…!!!」
引き裂かれた皮膚が、焼けるように熱い。
それでも確認した。
わたくしの悲鳴によって、発動にきっかけを得た月の光が。
嘲笑う奴の頭上に降りそそいだのが。
「セリーヌさん…。」
ふっと…目を開ける。
目の前で泣きそうな少年…否、青年にに、ふっと笑った。
金のさらさらだった髪は、埃まみれになってぱさついてた。
この金に指を絡めるのが好きだった。
「なんでこんな無茶をした。」
世界一の剣豪と言われた男にも、見たことのないような顔をさせてしまった。
ちょっと申し訳ないと思って、苦笑する。
「覚悟は…していましたわ。これからの戦い、多少の無茶をしないと勝てないと。」
「だからって…こんな…。」
少女がわたくしの頬に手を伸ばして。
ぬるりとした感触に、少女の指先が濡れているのだと理解する。
いや…濡れていたのは自分の頬なのかもしれないけれど。
「私の術でなんとか塞ぎましたけれど、でもやっぱり綺麗にはならなくて。」
「命があれば、それだけで満足ですわ。」
「でも、綺麗な顔が。」
「別にいいですわ。顔くらい。」
ショックじゃなかったといえば嘘になる。
それでもそれくらい覚悟していたのだ。
ただ、それが本当になるとは思っていなかったけれど。
腕が動く。脚も。
ならいい。
まだ、戦える。
戦えるし、十分だ。
腕の一つや二つ、失う覚悟はあったのだけれども。
「セリーヌさん。」
目の前で泣きそうな青年にも苦笑する。
「ごめんなさいね。」
「セリーヌさん…。」
「傷物になってしまったみたいですわ。」
「僕はあなたにこんな無茶をさせたかったわけじゃない。ただ、一緒にあの星へ帰りたいと。」
「わたくしもあなたとまたあの海が見たかった。だからこれくらいの代償は覚悟していましたもの。」
「もう無茶しないでください。」
ぽたりと。零れ落ちた涙を指で拭う。
拭った指におそらく自分のだろう…血がついていたから、青年の頬にも血がついてしまった。
「無茶しないと、勝てませんわ。この戦いには。」
「それは俺たちの仕事だ。」
「ディアス。」
少女が顔を上げる。
真っ青な顔つきで、縋るようにその青年を見て。
そして唇をかみ締めた。
「生きて帰らねば意味がない。」
「ええ。だから。あの状況ではあれが一番、皆が生きて切り抜ける術でしたわ。」
「コンマ…1秒…か。」
ディアスの言葉に、一瞬驚いて瞬きする。
驚いたように顔を上げた青年が、ディアスをみて。
少女もはっとした顔で、彼を見る。
「あなたになら、それがわかると思っていましたわ。」
ゆったりと笑うと、ディアスは不機嫌そうに眉を寄せた。
「わかっていなければ、体当たりをしてでも止めていた。」
「セリーヌさん?」
「わたくしが命にかかわるほどの傷を負うまでに、レナの術がコンマ一秒はやくわたくしに届くってことですわ。」
「それだけじゃないが。」
なにもかもがこの男には見透かされているらしい。
それでもそれは安心する。
「でももうこんな無茶しないでください!」
金髪の青年に言葉に苦笑した。
彼が言いたいこともわかる。
もし彼が無茶をして、死にかけたらきっと自分もそういうだろう。
「できませんわ。あと少し。多少の無茶はしないと勝てる戦いではありませんもの。」
そして彼も。
きっとそういうのだろう。
言葉を飲み込んだ彼に、ふっと笑った。
真っ赤な瞳に、微笑む。
「だからわたくしのサポートをしてくださいな。クロード?ディアスも。レナも。よろしくおねがいしますわ。」
あと少し。
上へと続く扉を睨みつける。
あと少し。
あと少しで最上階だ。
血に濡れた頬を手の甲で拭う。
燃えるような熱を帯びた傷口も、痛みは感じなかった。
高揚感。なのかもしれない。
自然と口元は緩む。
怖くなんてなかった。
あと少し。
扉を睨む瞳はそのままに、しっかりと起き上がって。
そしてその両脚でたつ。
あと少しで目的の場所にいけるのだから。
あとがき
戦闘シーンがかきたかったの
ってかコンマ1秒。ってのが書きたかったんです
セリーヌさんは私の永遠の好きゲームキャラですよ。
2005/08/06 まこりん
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