■■■ 硝子
街中の人が笑顔だった。
笑い合って、歌い合って、賑やかで、陽気で。
最初からこうだったから、もともとこういう国なんだって思ってたんですの。
だから全然―――気がつかなかった。
それだけ。
「セリーヌ!!僕は…。」
必死に叫ばれた自分の名前に、耳を塞いで。
堪えきれなくて溢れた涙に、気がつかれないように顔は下を向いて。
「セリーヌさん!!いいんですか!?」
少女の声にも耳を塞いで。
遠く、小さくなっていく人影に、唇を噛み締めた。
「クリスっ……!!」
わたくしに向ける笑顔も、わたくしの名前を呼ぶ柔らかな声も
わたくしを見詰める艶っぽい瞳も
どれもわたくしの胸をときめかせるもので。
街中では賑やかに、国の王子の結婚を祝う言葉が、音楽が流れていて。
街中の人々の笑顔を見たら、わたくしの手を引く少女の手を振り払っていた。
「セリーヌさん!?」
蒼い髪が翻る。
涙で曇るその向こうで、レナが辛そうな顔で振りかえった。
それに…静かに顔を横に振って。
「いいん…ですの。」
運命だと思ったのも確か。
この人だと思ったのも確か。
彼なら、彼となら――――。
一生一緒にいたいと思ったのも確か。
でも。
それでも。
「これでラクールは次の代でも安泰だねぇ…。」
「本当にめでたい。」
「ラクールとクロスがこうして親類関係になれば、魔物に対抗する力を得られるかもしれない。」
「この暗い世の中、この結婚は明るい話題で………嬉しくて嬉しくて。」
「お姫様を見た?すごいキレーだったよ!!」
人々の声が耳に届く。
静かに首を横に振る。
レナが泣きそうな顔でわたくしをみるのがわかったけれども。
それでも、そのまま教会にかけこむことなんて出来なくて。
カーン………!!
高らかに街の中心にある教会の鐘が成り響く。
ひときわ大きく歓声が響いて、ばたばたと鳥達が羽ばたいて、色とりどりの紙が宙に舞った。
「あ…。」
レナの喉かコクリとなる。
レナの視線の先にあるものはわかっていたけれども。
それでもゆっくりと…その視線を目で追った。
柔らかそうなふっくらとした桃色の唇に。
ふわふわの巻き毛が太陽のもとで黄金色に輝いて。
ベールで覆われた顔の、その頬が桜色に染まっていた。
白く透き通るような肌。
ぱっちりとした大きな瞳。
まるで昔大切にしていた、お姫様のお人形のような、そんな少女。
その隣で微笑む、愛しい人。
さっきまで自分に向けられていた笑顔。
ぱりんと。
音がした。
わたくしの中で、何かがぱりん。と、音を立てた。
色とりどりの紙が舞うその中で、若い二人のカップルが
神の前で愛を誓い合った。
涙は枯れた。
もう一滴もでてきやしない。
こんな年にもなってばかみたいに泣いたもんだから、ぱりぱりに乾いた頬がべた付いて気色悪い。
目を瞑れば耳に響く歓声と、二人の笑顔。
「…ふう…。」
軽く溜息をつくと、路地裏の壁に寄りかかる。
二人が最後にあっていたその場所に、こうしてきていること自体がきっと女々しいのだろうけれども、ここは静かで一人になれて楽だった。
「セリーヌさん…。」
どきりとして、次の瞬間、とても良く似た声だけれども別の人の声だと思った。
「なんですの?」
かつん。と足音が響いて、声をかけてきた少年が近くにきたのがわかる。
やわらかな雰囲気。
そんなところもそっくりで、枯れた筈の涙がまた込み上げてきそうになる。
「笑いにきましたの?ばかみたいに、夢見てたわたくしを。」
「違います!!」
かつん。とまた足音が響く。今度は少し大きめだった。
彼の荒んだ口調に、唇を噛み締める。
「………ごめんなさい…やつあたりですわ。」
「セリーヌさん。」
「本当に可愛くない女ですわね。わたくし。一人で舞い上がって、一人で喜んで。レナも協力してくださったのに、勝手に手をふりほどいておいて…あの時教会にかけ込んでいれば…なんて後悔してますわ。」
「セリー…。」
「そのうえあなたにやつあたり。」
「セリーヌさん。」
肩を力強く抱き締められる。
はっとして顔を上げれば、碧眼の瞳が自分の顔を真剣にみつめていた。
その瞳は彼と一緒の色で同じなのに、輝きがどこか違って。
力強い瞳。
柔らかかった、温かかった彼の瞳とは、どこか違ってた。
「クロード…わたくし、これでよかったんですのよね?あの時の…街の人たちを見てたら、王子を奪うことなんて、出来なかった………。」
「うん。」
「好きでしたの。どうしようもないくらい、好きでしたの。知り合ってまだ数日でしたわ。でも、そんなの…関係なくて…。今でも…まだ、好きですわ。」
ぽろぽろと溢れる涙が、手袋に胸元に染みをつくる。
抱き寄せられたクロードの胸元にも、それはぽたぽたと落ちて染みをつくって。
「うん。知ってます。」
「クロードっ…!!」
ぎゅっとクロードのジャケットを握り占める。
自分の足じゃたっていられなくなって、泣き崩れるようにクロードの胸元に顔を埋めた。
力強くクロードが肩を抱きしめてくれるのが、温かくて頼もしくてそのまま抱かれて。
もっと強く。
抱き占めていて。
そんな願いをしてしまうのは、いけないことなのかもしれないけれど。
「綺麗で、優しそうで、暖かそうな人でしたわ。きっと、彼も幸せになれますわよね?」
枯れた筈の涙がぽろぽろと溢れ出す。
何を言っているのか自分でもわからない。
おもいつくまま、言葉がぽろぽろと溢れ出て、止まらなくて。
辺りは夕暮れ色に染まり始めていた。
「彼女もラクールももクロスも、幸せになれますわよね?」
「うん………でも…セリーヌさんは?」
「………。」
「……セリーヌさんの幸せは?」
かたかたと、腕が震えた。
こくりと唾を飲み込む。
わたくしの…幸せ?
そんなもの、今日この日に失った。
「…セリーヌさんの幸せ、僕が…セリーヌさんを幸せにしたいよ。こんな時に言うのはズルイと思うけれど…でも…。」
耳元で響いた声に、目を見開く。
一瞬涙が止まって、次の瞬間また涙が溢れ出た。
「ばか…ですわね…。自分の腕の中で、違う男のことを想って涙してる女なんて…最低じゃないですの……。」
再びかたかたと腕が震えた。
嗚咽で上手く呼吸もできない。
「でも…好きだから…。」
「ばかですわね…。」
こつんとクロードの胸に額を押し当てて、目を瞑れば。
それでもやっぱり耳に響くのは歓声と、祝辞の言葉達。
脳裏に浮かぶのは色とりどりの紙と、微笑む二人と、人々の笑顔。
「本当に…。」
ぽたぽたと溢れ出す涙。
すする鼻。
ぐしゃぐしゃで、ぼろぼろで、それでもとまらない涙と嗚咽に、ゆっくりと息を吐いた。
あとがき
たぶん続きを書くと思うんですけれども
わかりません…
あきっぽいんで(汗)
うちのクリセリはこんな感じなのか…?
ちなみに『カワイクナイオンナ』の前がこれだと思う。
2004/03/01 まこりん
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