■■■ 路地裏
「姉ちゃん。どーしたの?こんなトコで。一人じゃ不安じゃねぇ?俺たちが送ってやるよ。」
下卑た笑みを浮かべながら近付いてくる男たちに、セリーヌは小さく舌打ちした。
失敗した。流石にこの時間――――そう、すでに日付も変わろうとしている時間だ。
そんな時間にこんな路地裏を歩いたことを今更だが後悔した。
別に危険だとはそんなに思っていない。
仮にも自分は紋章術師だ。腕には自信がある。
今まで星の数ほどモンスターを倒してきたし、自分の露出の多いい格好では、こうやって絡まれることは多いほうだったからだ。
かといって露出の多い服をやめるつもりはさらさらないが。
自分は紋章術師だ。紋章が見えなければ意味がない。
ならば紋章をもっと普通の服でも露出しているところに彫ればいいといわれればそれまでだが、そうするつもりはなかった。
数は…3人。いや。6人。
いつの間にか後にも前にも気配がする。
遅くなったから慌てていたせいもあるのかもしれないが、自分が気がつかなかったということは、結構こいつらはやるほうなのかもしれない。
再び舌打ちを一つ。
負ける気はしないし、このまま大人しく好きなようにされるつもりもない。
だが…。
「なぁ?それとも、一緒に遊ぶ?」
「こんな夜中に、そんな薄着で。肌出してたら、危ないよぉ?すぐに裸に剥かれちゃうねぇ。」
一人の男がぺろりと舌で唇をなめた。
てらてらと月明かりにソレが輝いて、気持ちの悪さに眉間に皺を寄せる。
そうなのだ。まけるとは思わないが、ただ、正直に言えば…面倒くさかった。
こんな不機嫌にされたのだ。紋章術で一掃してしまいたいが、いくらなんでもこの夜中にあまり事を荒立てたくない。
一応良い子どころか、大人も何人かは寝ているだろうから。
となるとちまちま交わしながら攻撃。だ。
面倒くさい。
面倒くさいし、眠い。はやく帰りたい。
「申し訳ないのですけれども、そんな暇はありませんの。」
「『ありませんの』だってさー!うひゃひゃひゃ、おっじょーさまが、こんな時間に外であるいちゃいけないなぁ!!」
いい加減、ウザイ。
「お嬢様にゃ、知らない楽しい遊び、知ってんだけど。どお?」
「触らないで!!はやく帰って寝たいんですの。お肌にも悪いですし。」
「だから、俺たちと一緒に寝ようって、言ってんだよ!!!」
ぐいっと腕を掴まれて、反射的に身体を屈めた。
そしてそのまま肘をオトコの腹に付き立て―――――ようとしたところで、男の体が崩れ落ちた。
「ぐっ…。」
倒れたアトに、苦しそうな声。
「セリーヌさん!!」
「クロード!?」
そして倒れたオトコの向こうに、見慣れた青年の顔。
月明かりの下で、キラキラ、キラキラ、輝く金髪。
「こんな時間に何やってるんですか!!!」
「ご、ごめんなさい。ちょっと珍しい本があったものですから、つい。」
「ついじゃないですよ!ついじゃ!!心配して探しにきてみれば、こんなやつらに絡まれて!!」
怒りながらもクロードの動きは止まらなかった。
気がついたときには、周りにいた男たちは皆地に臥せっていて。
呻き声すら、文句すら言わせてもらえなかったらしい。
はっと、セリーヌが気がついたときには、さっきまでの男たちは皆地に突っ伏していた。
「………意外ですわ。」
「何が?」
「クロード、体術もそれなりにできるんですのね。」
「…あのですねぇ…セリーヌさん!!あなたは今のこの状況がわかっていたんですか!?」
本気で怒っているらしい。
いつもの柔らかな口調が、流石に棘棘していた。
だからセリーヌは、一応口でだけでも謝っておこうかと思って両手を顔の前で擦り合わせる。
「だから、ごめんなさい。って、言ってるじゃありませんの。」
「………その顔は反省していないでしょ。」
「…だって、別に大丈夫ですもの。これくらい。」
「………はぁ………。」
マズイこと言っちゃったカナ?と思って、大きくため息をついたクロードの顔を覗き込む。
心底困ったような顔をしたクロードの腕を、ぐいっとひっぱった。
「そ、そんなことより、はやく宿に戻りませんこと?寒くて―――。」
「セリーヌさん。」
「はい?」
全然反省した様子のないセリーヌに、クロードは再び小さくため息をついた。
着ていた上着を脱ぐと、それをセリーヌの肩にかける。
さっきまでクロードが着ていたソレは、クロードのぬくもりも一緒にセリーヌに伝えて。
「あ、ありがとう…。」
「初めて会ったときから思ってたんですけれど。」
「ええ。」
二人並んでゆっくりと歩き始める。
月明かりの下。静まり返った路地裏。
伸びる二人の、影。
「セリーヌさんはもうちょっと警戒した方がいいと思います。」
「警戒…ねぇ…。」
「ただでさえ、そんな格好してるんですから!!セリーヌさんは女の子なんだからっ…!!」
クロードの言われた言葉に、セリーヌは息を呑んだ。
瞳を丸くして、ぱしぱしと瞬きを数回すると、そのままクロードの顔をじっと見つめた。
「お、女の子!?」
「女の子でしょう!?」
「わたくしがっ!?」
「あっ、や、別に男女差別してるとか、そういうわけでは…。」
問題はソコじゃないですわ!!
というか、どこに突っ込みを入れていいのかわからず、ただただセリーヌは瞳を大きく見開くだけで。
クロードはセリーヌよりも4つも年下だ。
自分はこれでも20をちょっと超えていて。
そんな自分を『女の子』なんて言ってきたのは、クロードが初めてだ。
「力だって男のほうが強いんです。セリーヌさんがいくら紋章術の使い手でも、数人の男達に囲まれたら力じゃ適うわけないんですよ?」
「でもそこいらの男よりは力あると思うんですけれども。」
「………セリーヌさん!」
「は…痛っ…!!」
ぐいっと腕を掴まれる。
驚いて振り返ったソコには、怖いくらいに真剣なクロードの瞳。
ぞくりと背中が粟立って。
気がついたときは背中に冷たい壁の感触。
そして奪われた、唇。
離れ際、クロードの小さなため息が聞こえた。
「ホラ、抵抗できないじゃないですか。」
「………。」
「わかりましたか?だからもーこんな時間に外歩いちゃダ…。」
「………抵抗できないのは、クロードだからですわ。」
「……え?」
「だって嫌じゃないですもの。」
「………セリーヌさん………。」
とたんにさっきまでの真剣な瞳はどこにいったのやら。
セリーヌの腕を掴んでいた力もすっかり抜けて、クロードは耳まで真っ赤に染めるとその手を放した。
それがおかしくて、セリーヌは思わず噴出す。するとそれが気に入らなかったのか、真っ赤な顔のままクロードは唇を尖らせた。
「ああもー…本当に、勘弁してください…。」
「何がですの?」
「こんなところで煽らないでくださいってことですよ。これじゃあ、さっきの男達と一緒になってしまう…。」
いつの間にか背中にあった冷たい壁は、自分のぬくもりで暖かくなってきていて。
セリーヌはそのままクロードの背中に腕を回した。
「一緒じゃないでしょう?合意なら。」
「…だから本当……あーもー知りませんよ?」
「かまいませんわ。」
肌寒い空気の中、いつの間にかクロードが肩にかけてくれた上着が下に落ちる。
それでも寒くないのは。
腕の中にあるクロードのぬくもりと、自分の身体の中から燃えるように熱い熱がふつふつと湧き出てきているからなのだろう。
「キスが欲しいですわ。」
「どんなの?」
「食べられちゃうんじゃないかってくらいのものを。」
「どんなのですかーもー。」
「いつものやつですわよ。」
「今夜はなんだか…ああもういいや。どうでもいい。」
「えぇ。どうでもいいですわね。」
そんなこと。
あとがき
書きたかったのはクロードがセリーヌさんに
「女の子なんだから」って言うところです…
クロードの中でセリーヌさんは女の子なんだなって
可愛い、一番大好きな、大切な女の子なんだなって
好きな人は年上でも可愛いって思うじゃないですか
それが書きたかったんです
2005/11/13 まこりん
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