■■■ 掌感温度
「そおいう所が、子供っぽいって言うんですのよ!!」
逃げるように部屋から飛び出した背中に向かって叫ぶ。
乱れた服と髪を整えながら、セリーヌはため息をついた。
口内に広がる血の味に顔を顰め、痺れる掌を見詰めると、出ていってしまった青年のことを思う。
見開かれた碧の瞳が、脳裏に焼き付いて離れない。
「ほんとに・・・・・何、考えてますの?」
これではますます泥沼だ。と、セリーヌは切なく痛む胸を押さえた。
部屋から飛び出してそのまま宿屋も飛び出す。
金髪碧眼の少年、クロードはクロスの城下町を走り抜けていた。
後悔しても始まらないが、ヴァーチャルエクスペルの世界になんて、くるのではなかったと、今更ながら思った。
初めてこの街を訪れた時の、セリーヌとクリスのヤリトリを、忘れていたわけではなかったけれど・・・・・・・。
柔らかい唇も、肌も、いつもと変わりは無かったけれど。
拒絶されたショックは大きくて。
叩かれた頬が痛くて、切れた唇が痛くて・・・・・・・それ以上に切なくて。
泣きそうになるのを堪えながら、クロードは辿り着いた袋小路の壁に寄りかかると、そのままずるずると腰を下ろした。
数時間前、些細なことでケンカして。
セリーヌと喧嘩別れをした後、街中を散策していたら・・・・。
遠くの方からやってくる二人組に気が付いた。
片方は・・・・昔見たことのある男だったけれど、もう片方は知っている女性だった。
知っている、と言うより、どんなに遠くからでも、彼女のことを見間違えるはずなんて無かった。
「セリーヌさ・・・・・。」
楽しそうに微笑んで会話している二人に驚いて、気まずくてさっと物影に隠れた。
自分の前を通過した二人に目が釘付けになる。
変わらない、あの男。
あの時以上に改めて思った。
それは自分とそっくりの顔つきで。
それなのに身長は自分よりも高くって、すらりとした手足に、優雅な物腰。
一緒に歩いていて不自然じゃないその雰囲気に、自分とは違うものを感じた。
それは、自分の中のナニカを刺激した。
『子供っぽい』
そう言われることを、酷く嫌う自分を知らないわけではないのに。
そこまでセリーヌに言わせてしまった自分。
本当に、子供っぽかったと、今なら思う。
二人の行く方へと先回りして、道で待ち伏せた。
あの時の自分は、嫉妬と、焦りで、心の中がいっぱいで。
「クロード・・・・。」
セリーヌが呟いたと同時に、その細い手首を掴み引き寄せた。
「?」
驚いて言葉を失っている男を睨みつけて、クロードは呟いた。
「セリーヌは・・・・俺のなんで、手、出さないでもらえますか?」
あの時は言えなかった言葉を口にした。
そしてセリーヌの腰を引き寄せた手に、力を込めた。
思い出して、大きくため息をつく。
「あぁ〜〜〜。どうしよう・・・・。」
本当に怒っていたセリーヌの顔を思い出すと、ため息が止まらない。
宿屋に戻って、ムリヤリ奪ったキスに、引き寄せるために腕をまわした腰に、いつもの感触はあったけれど。
その温もりは彼女のものじゃない気がしたんだ。
唇を噛まれて、思いっきり胸を押されて、驚いた視界に映ったのは、拒絶する濡れた瞳。
全身で拒絶されている、それがわかっていたたまれなかった。
だからあの場にいることが出来なくて、考えるよりも先に弾けるように宿屋を飛び出した。
だんっ…!!と、大きく壁に拳を叩き突ける。
拳から伝わる痛みと振動が、腕を伝って胸に届いたのか。
苦しい胸に、クロードは唇を噛み締めた。
重たい溜息をつくと、セリーヌはすでに温もりを失った唇に指を当てる。
ふっとクロードの飛び出していった扉を見詰めると、長い睫毛を伏せた。
子供っぽいと、思っていた所があるのも本当。
でもそれは、彼の好きなところでもあった。
さっき会っていたクリスの方が、好み。というのも本当。
やっぱりクリスは私の理想を全部集めたような人だって、思った・・・・・。
でも、理想は理想で。現実とは違っていて。
好みの相手を好きになるものでも無いと、あの時以上に再確認していた所だった。
クロードだったらしないようなエスコートにも、クロードだったら言わないような言葉にも、胸はときめいたけれど。
それじゃ物足りなかったの。
私はクロードの全部が好きで、だからダメなところも、良いところも、私の理想通りじゃないところも、すべてが好きで・・・・・。
同じ顔でも、やっぱり私にはクロードしかいないって思っていた。
そこで・・・・・。クロードと会って・・・・・。
なんだか街中で恥ずかしいことになった挙句、ムリヤリ宿屋に戻らされて・・・・。
「・・・・・・・・。」
まだ僅かに残っている血の味に眉を潜める。
軽くため息をつくと、そっと宿屋を後にした。
「・・・・こんなところにいましたの・・・・・・・。探しまわってしまいましたわ。」
足元で座り込んでいるクロードを見下ろす。
「しかも・・・・・眠っていますわね・・・・。」
俯いたまま返事をしないクロードの横に、自分も座り込んだ。
気が付いたら辺りはもう夕暮れで、ただでさえ人気の無いこんなところで寝ているなんて・・・・。なんて危険な人なのだろう・・・・。と、苦笑した。
「クロード・・・・・。」
優しく呼んで肩を揺さぶる。
「んっ・・・・。」
クロードの眉が動いたので、更に強く揺さぶってみる。
「起きて・・・・・・・。」
「んんっ・・・・・・。」
ゆっくりと目を開けたクロードが、虚ろな瞳で辺りを見まわす。
その姿に微笑みながら、セリーヌはそっとクロードの手を取った。
「起きました?」
「セ、セリーヌさ・・・・・。」
やっと覚醒したのか、驚いたように目を見開いたクロードの唇に、自分のそれを押し当てる。
その瞬間、クロードの頬が真っ赤に染まった。
「探し回ってしまいましたわ。」
ふふふ。と笑いながら腕に腕を絡めてくるセリーヌに、慌てたようにクロードが身体を離した。
「ご、ごめんなさいっ。って、あ、あの・・・・!怒ってたんじゃ・・・・!」
クロードの慌てぶりに、セリーヌがやっぱり微笑む。
そして思った。
(やっぱり、私はクロードが、好きですわ。)
慌てて真っ赤になっているクロードが、愛しくて、可愛かった。
彼の可愛い独占欲も、ヤキモチをやいてくれたことも、嫉妬してくれたことも、すべてが愛しくて、嬉しかった。だから、セリーヌは微笑んで恥ずかしそうに口を尖らして見せた。
「怒ってませんわ。ただ、恥ずかしかっただけですの。人前であんなこと言うから。」
「・・・・・・・でも・・・・・。」
「いいんですの!私がそお言ってるんですから!」
「は、はい。」
強く言われて、クロードは頷くしかなかった。
セリーヌは絡めた腕を引き寄せると、そのまま瞳を閉じた。
人の肌の温もりが心地よい。
それを教えてくれたのも、今隣にいるこの人で。
「ねぇ…クロード…さっきは妬いてくださったんでしょう?」
「…まぁ…うん…。」
恥かしいのか声も小さく頷くクロードに、セリーヌは微笑する。
「あの時…クリスと昔の話をしていましたの。」
「…うん。」
面白くなさそうにクロードが頷く。
それにまたセリーヌは苦笑して言葉を続けた。
「『あの時、結局二人は一緒にならなかったけれど…一緒になっていたら、僕は君を幸せに出来なかったと思う―――』って、クリスが言ってましたわ。」
「………どういうこと?」
「…今の、わたくしが…輝いてるって…言ってましたわ。あの時、わたくしがクリスと一緒になっていたら、今のわたくしはここにいなかったでしょう?『トレジャーハントが生きがいの君からそれを奪って、幸せに出来たかはわからない』って…。」
「………。」
「それと…『君が笑っているのは、彼のおかげなんだね』って…。」
セリーヌから聞かされるクリスのセリフに、クロードが頬をほんのりと染める。
そして空いた手で。セリーヌの柔らかな手をそっと握り締めた。
辺りが静寂に戻り、二人の呼吸だけがお互いの耳に届く。
重ねられた掌と寄り添う肩からお互いの体温が伝わって、自然と心が落ち着いていって…。
今この空間が愛しくて、セリーヌは瞳を閉じた。
瞳を閉じればクロードの気配だけが感じられて、幸せな空気に包まれるから。
「セリーヌさん・・・・・。」
そっと名前を囁かれて、唇に柔らかいものが重ねられた。
その温もりがまた、心地良くて。
「んっ・・・・・。」
ただ重ねるだけの、その切ないキスに、セリーヌはクロードの優しさを感じた。
愛しさで切なくなる。
切なさで苦しくなる。
苦しさで胸が支配される。
それを教えてくれたのも、やっぱりクロードだった。
この温もりを失うのを怖がっているのは、たぶん・・・・・・・・。
自分の方が強いのだ。
唇を離した後、そっと・・・・・。
セリーヌは夕焼けを見ながら、微笑した・・・・・・・・・・。
あとがき
ビババカップル!
クリセリファンさんごめんなさい(平謝)
ってかこれすごい昔に書いてたやつを
引っ張り出してきてちこっと改定。
変なところあったらごめんなさい。
これはヴァーチャルエクスペルでの
3人のお話なんですが、
私の中で勝手にクリスPAのクロセリ版が
あるのでそれの影響をモロに受けてたり。
先にそっちをアップできれば良かったのですが
中々書く気が起きなくて〜(汗)
ま、いっか…(よくない…??)
2002/10/04 まこりん
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