■■■ 涙の向こう側








カシャ カシャ カシャ

リズムの良い音が風に乗って辺りに響く。
雲ひとつない青空。
鼻を擽るのは初夏を思わせる青々とした草の香り。
突風のように吹いている・・・・風。
自分専用のカメラを構えて、チサトが辺りの景色を撮影していた。

その背後に伸びるのは、長身の男の影。
「おい。」
「何?」
連れの男に声をかけられる。
それでもシャッターをきる手は止めずに、チサトはその辺一帯を撮影し続けていた。
「なんで俺を連れてきた?」
「ん〜・・・・私を撮ってもらいたくて。」
「・・・・・・・・。」
カシャカシャとリズム良い音が響く。
自分の質問に対するチサトの答えに、意味がわからないといった瞳で男が眉を寄せる。
風によって舞った長髪の髪を、鬱陶しげに耳にかける。
それでも風に舞った髪は、男の顔にばさばさと降りかかっていた。

「ほらぁ〜。笑って。撮ったげるから。」
「・・・・・・・・。」
カシャ・・・・・。
自分にカメラを向けるチサトに、無表情のまま男はたいした反応も示さない。
ただ、自分の顔にかかる髪を嫌そうに手で払うだけだった。
それに驚いたようにチサトが初めてカメラを降ろした。
「・・・・意外。嫌がるかと思ったのに・・・・。ディアスはこういうの嫌いだと・・・・・。」
「お前はなんで写真を撮るんだ?」
ディアスの問いに、チサトがふっと・・・・口許を緩める。

カメラをじっと見詰めると、そっと指でその輪郭をなぞった。
その指の動きが、ディアスの目にはやけにスローモーションに見えて。
チサトの髪が靡く様は、自分の髪を靡かせたそれよりも、優しい・・・風によるものにさえ思えた。

「・・・・・だって、写真は・・・・本当のコトしか写さないもの。」
「・・・・・・・。」
「それに・・・・・カタチに残るでしょう?たとえこの景色が一年後にはなくなってとしても、綺麗だった姿を写真というカタチで。私の写真があれば、私が生きていた・・・・ココにいた、証になるじゃない?」
伏せられた瞼が・・・・ゆっくりと開かれる。憂いを秘めたその瞳は、やけにチサトの言葉を重たいものに感じさせて。
ディアスは一瞬その瞳に戸惑った。
「お・・・・・。」
「だから、ね?撮ってよ。」
ぽんと、カメラを渡される。
落としそうになって慌てて受け取り顔を上げると、そこにはいつものチサトの顔があった。
あまりにもいつもの笑顔すぎて、さっきの表情は見間違いだったのかとさえ思ってしまう。

戸惑いながら・・・・ディアスはカメラを見詰めて口を開いた。
「・・・・・どうすればいい?」
「適当でいいわよ。」
言われた通り・・・・・さっきまでチサトがやっていたようにカメラを構える。
レンズ越しに見るチサトはいつもと一緒で。
(カメラが真実を写す?)
先程チサトの言っていた言葉に疑問を感じた。
真実ならば・・・・・さっき見せた意味深な表情の方が真実では無いのか?
胸に重く残る・・・・・違和感。
いつもチサトが見せる笑顔が、本物だったのかさえ疑ってしまう。

「意外ね〜。ディアスに写真撮ってもらうなんて、たぶん私が初めてでしょ?」
楽しそうに、からかうように笑うチサト。
どちらが本当の、チサトの心境をあらわしているのか。

カシャ・・・・・。

レンズ越しにチサトを見ていて・・・・ふとディアスは気がついた。
こんな風にチサトの顔を見るのは初めてかもしれない。
いや。チサトだけではなく、誰かの顔をこんなに意識して見たのは初めてかもしれない。
カメラを扱って、改めて気がついた。

ブルルルルル・・・・・。

鈍い振動音が響く。
その音にチサトが慌てて自分の胸元に目をやった。
つられてディアスもその視線の先を追う。
「あ・・・・失礼。」
チサトが胸元から携帯電話を取り出した。
その仕草を無意識のうちにカメラで写す。

「・・・・あら!」
チサトの声に、表情に・・・・ディアスのシャッターをきる手が止まった。
「久しぶりね。」
(真実を・・・・写す)
次の瞬間、ディアスはチサトの言葉の意味を理解した。
チサトが仲間になり、一緒に過ごすようになって数ヶ月。
その間・・・・一度も見たコトのない、幸せそうな顔でチサトが笑う。
「どれくらい会ってないのかしら?」
風に靡いた髪が、嬉しげなその声が・・・・・とても綺麗だった。
とても輝いているそのワケが、電話の相手のせいなのだとわかると、ディアスの胸がほんの少しだけつきんと痛む。
名前も知らない、理解不能なその痛みに、ディアスが怪訝そうに眉を寄せた。

「・・・・・そう。」

カシャ・・・・・

そしてその次の瞬間・・・・ディアスの胸がほんの少しだけ、どきりと・・・・跳ねた。
嬉しそうなチサトの顔が、一瞬で曇る。
「・・・・・・わかったわ。」
伏せられた繊細な睫毛が、日の光によって少しだけ輝く。

カシャ・・・・・

「さよなら。」
ディアスの耳に届く声が、微かに震えている。

カシャ・・・・・

シャッター音よりも小さな声なのに、それはディアスの耳に大きく響いた。
さっきまで輝いていたチサトの表情が、暗く沈んだ表情になっている。
そのチサトになんと声をかけたら良いのか困って、ディアスはその状態のまま動けないでいた。

するりと携帯電話を胸元に戻して、チサトが微笑する。
「ごめんなさいね。」
「いや・・・・・恋人からか?」
カメラを降ろすと、ディアスがそっと・・・・チサトに近付く。
そのチサトの表情は、写真を撮り始めた時と同じ表情にもう戻っていて。
それにディアスはやっぱり違和感を得た。
「ん〜・・・・・まぁ。今、終わったけど。」
寂しげに笑うチサトも、ディアスには初めて見る表情で。
それにどことなく胸が締め付けられて、ディアスは自分の中にある得体の知れない感情に眉を潜める。

すぅ〜っと、チサトが大きく息を吸い込む。そしてにっこりと笑った。
「お互いしか見えない関係はダメね。お互いを高められる関係が一番最高よ。私がいなきゃダメなんて言う奴はさよならだわ。そんなの、お互いをダメにするだけじゃない?」
 チサトの唇が僅かに震える。

「そういう盲目的な恋はいらない。」

そして力強く言い放った。
近くにあった木に寄りかかって、真っ直ぐな瞳で空を見上げる。
そのチサトの姿を、本当に心から・・・・・強いと思った。
だからディアスはゆっくりとカメラを構えると、チサトのその姿をカシャリ・・・・と撮影した。
「やだ・・・・こんなみっともない表情の時に撮らないでよ。」
チサトが照れくさそうにカメラを奪い取ろうと手を伸ばした。
その手首をディアスがしっかりと掴む。
その力強さにチサトが息を飲んだ。

「でも・・・・好きだったのだろう?」

微笑うチサトの顔が凍りつく。
取り返したカメラを掴む指が、カタカタと震えている。
その震える指に気が付いて、ディアスは無意識のうちに・・・ぐいっとチサトの手首を引っ張り・・・・自分の胸に引き寄せていた。
ぽすりとチサトがディアスの胸に収まる。そしてぎゅっと力強く、その細い肩を抱きしめた。
そのディアスの行動にチサトは戸惑うように身を捩るが、ディアスは益々抱きしめる腕に力を込めるだけだった。
「やだ。らしくないわよ。ディアス。」
抗うのを止めたチサトの肩が、小刻みに震える。
チサトの瞳から零れた雫が、ディアスのマントに染みた。
「・・・・・・お前もな。」
耳に届いた声がディアスの鼓動と溶け合って、心地良くチサトの中に染み渡る。
ぎゅっとマントを握り締めて、チサトは1度だけ・・・・瞬きした。
それによって零れ落ちた雫が、風に乗って輝く。

どれくらいそうしていたのだろう。
ディアスが思わず自分のしてしまった行動に、ようやく疑問を持ち始めたころ、チサトが口許に笑みを浮かべた。
「ありがとね。ディアス・・・・・。」
「・・・・・・・。」
チサトの頭を優しく撫でることで、ディアスが応える。
今自分の胸で見せるチサトの表情は、本物の気がする。
それが心なしか嬉しくて、こそばゆかった。
なんでこの自分の腕の中にいる女性の泣き顔を見たくないと思ってしまったのか。
思って・・・・無意識のうちに抱き寄せてしまったのか。
自分の胸の奥にある、不可解な感情。

「そだ。写真、現像出来たら一緒に見ましょうよ。」
「・・・・・上手く写ってるかわからんがな。」
「・・・・写真って、撮る側の気持ちも写るのよ♪」
「・・・・・。」

不可解な感情。
その感情の正体がほんの少し、わかる気がして・・・・ディアスは痛み始めた頭に眉を寄せた。







あとがき

写真に残す理由が書きたくて
本当はこれ違うジャンルので書きたかったのですが
ディアチサリクが来た時に
ネタに困って回しちゃいました〜

あはは…(汗)
これも某所にてリクを頂きましたv

2002/09/10 まこりん







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