■■■ 涙のカケラ 「写真は・・・・本当のコトしか写さないもの。それに・・・・・カタチに残るでしょう? たとえこの景色が一年後にはなくなってとしても、綺麗だった姿を写真というカタチで。 私の写真があれば、私が生きていた・・・・ココにいた、証になるじゃない?」 どうして写真にこだわるのか? ある朝、服から現像液の匂いをさせていた彼女にそれを聞いた時、その答えがコレだった。 母星を失った時、たった一滴の涙を彼女が零したその姿を、よく覚えている。 あの言葉の意味は、この時を覚悟してのコトだったということが、懐かしい自分達の星に戻って来た時に見た彼女の力強い瞳の輝きでわかった。 彼女はあの星の・・・・・彼女の生まれ育ったネーデの姿を写真に残し、そして自分がそこに確かに生きていたコトを写真に残したのだ。 あの一滴の涙は、とても綺麗だと思った。そう思ったと同時に彼女の・・・・。 チサトの涙はもう二度と見たくないと思った。 「何深刻な顔してんの?」 「・・・・・・・・。」 紅い髪を風に靡かせながら、彼女が彼を覗きこむ。 きっと目の前の女性以外、誰も気がつかないだろう。 彼の表情の変化には。それくらい彼のポーカーフェイスは完璧なものだった。 ポーカーフェイスと言うよりは、表情の欠落と言うか・・・・。 とにかく彼は無表情以外の表情をすることが極端に少なかった。 それは彼の過去を知る者ならば、その無表情の理由はわかっているので、あえて何も言わない。 ただ、彼と一緒にいて、その僅かな表情の変化を空気で読みとるだけだった。 そして声をかける。 それは彼女もそうだった。 自分の星とは違う、彼の星に来て・・・・なんとなくだけど、それから一緒に行動している。 別に目的があるわけではない。 ただ、一緒にいたいから・・・・・一緒にいるのだ。 その同行者の表情が、僅かに曇っていた。 聞かないと口に出す男ではなかったから、彼女は声をかけた。 声をかけてきた彼女を、じっとその紅い瞳で見詰めると・・・・男はその重たい口をゆっくりと開いた。 「抱きしめたい。」 「は?」 彼女が承諾するどころか、彼に言われた言葉を理解する前に彼が彼女を引き寄せる。 「な、何?どうしたの??ディアス?」 「・・・・・・。」 最初はまるで壊れ物を扱うみたいに優しく、包み込むような抱き締め方だった。 「ディアス・・・・?」 彼女が心配そうな声で、男の名前を口にする。 そのとたん、彼の腕に力が込められた。 息苦しい程に強く、きつく抱き締められる。 その力強さに、彼女は苦しそうに眉を寄せたが、何も文句は口にしなかった。 彼女の紅い頭に、頬を寄せる。 抱き締めた身体が、折れそうなくらいに細く小さくて。 腕の中にいるのに、なぜかとても遠い存在のような気がする。 「チサト・・・・。お前は・・・・なぜ俺ときた?」 ずっと疑問に思っていたコト。どちらから声を掛けたわけでもない。 どちらかが手を差し出したわけでもない。 ただ・・・・気がついたら二人、一緒にいた。 仲間のメンバーが、少しずつ、少しずつ別れて、再会を約束し、それぞれの目的地へと離れ離れになっていったその後。 どこかアテがあるわけでもない二人が、ただ、自然と残ったのだ。 いつ別れても、おかしくない、危うい二人の関係。 「やだ、何?今更。」 「お前なら、1人でもこの世界で生きて行けるだろう?なぜ・・・・。」 「お前なら・・・・・?」 自分の言葉を繰り返されて、はっと言葉を飲み込む。 ひとりで生きていくコトが出来ないのは―――――――。 それに気がついたら、今、目の前の女性を抱き締めたいと思った理由が理解できた。 「ねぇ?ディアス。私、自分が生まれ育った世界を簡単に捨てられるほど・・・・強くないわ。」 失うのが怖かった。 この腕の中の温もりを。 「あなたがいるから・・・・・。あなたとなら、私、ここでもやって行けるって、思った。」 ふわりと、背中に温かな腕がまわされる。 その温もりに、身体が熱くなった。 「チサト・・・・・。」 不安や淋しいという気持ちを、埋めるために自分は彼女を抱き締めたいと思ったのだ。 人の温もりを欲して、失うのが怖くてただ・・・・抱き締めた、自分勝手な自分。 なのに彼女は・・・・・。 「やぁね〜。どうしたのかしら。私らしくないし、あんたらしくないわよ?今日。」 帰る所を失ったのは、彼女なのに・・・・。 いつもみたいに曇りのない笑顔で、明るく笑うチサト。 胸が締め付けられた。こんな感情は知らない。 感じたことのない、抱いたことのない感情。 「両親と・・・・妹に、会って欲しい。」 「それって・・・・。」 ディアスの言葉にチサトの口が震えた。 ぎゅっと、ディアスのマントを握り締めて、耳元に聞こえてくる男の声に、吐息に、信じられないといった顔で瞬きを繰り返した。 「毎年、命日には一緒に・・・・来てもらいたい。」 抱き締める腕の力を緩める。 自分勝手な抱き方は、今回で最後にしよう。 彼女の不安や淋しさを、今度は受け止めるために彼女を抱き締めよう。 彼女が自分にそうしてくれたように。 「ディアス・・・・意味、わかって言ってるの?」 腕を解いて彼女の顔を覗きこむと、流れ落ちた涙の跡が輝いていた。 ぽろぽろと、溢れて零れる雫。 「お前があの時・・・・。十賢者を倒した後に見せた涙を、二度と見たくないと思った。」 あの時だけじゃない。 チサトが恋人と別れた時に見せたあの泣き顔。 ソレを見た時も、彼女の泣き顔は見たくないと思った。 その涙の理由が理由なので、あえて口にはしないが。 その時そう思ってしまった理由が、今ならわかる。 そっと、頬を流れる涙を震える指で拭って。その大きな掌で両頬を包み込む。 「でも・・・・なぜか・・・・お前の今の涙は・・・・もっと見たいと思った。」 「っ・・・・!」 「この感情・・・・俺には思い当たる名前はひとつしかない。」 唇に柔らかな感触がして、生温かなその温もりに身体の底から震えた。 何かを言われる前に、溢れ出す想いが零れないように口付ける。 唇と唇を重ねただけなのに、想いは溢れて身体全体を満たしていく。 「少し・・・・荒れてる。」 そっと、チサトがディアスの唇に指先で触れた。 チサトの両頬を包む手の、親指で彼女の唇をなぞれば、今自分の唇が感じた感触と同じ感触がする。 気がつけば、何故かいつも一緒にいたかもしれない。 ただ、いつも当たり前のようにまわりにいたから、彼女への自分の気持ちに気がつかなかっただけで。 「すまない。」 「いいけどね。嫌いじゃないから。」 「そうか・・・・。」 ふわりと風に漂う、チサトの髪の香。 それに混じって、今ではもう嗅ぎ慣れたほんのりとすっぱい現像液の香。 「すっぱい香がする・・・・。」 「あ、ご、ごめん。もう服に染み付いちゃってるのかも。」 焦ってディアスの腕の中から逃れようとするチサトを、逃さないようにディアスは抱き締めた。 「嫌いじゃない。」 「むしろ好き?」 「・・・・・・。」 ほんのりと頬を紅くして、口許を緩めたディアスに・・・・。 チサトは嬉しそうに微笑んで、その広い胸に頬を押しつけた。
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