■■■ ゆびきり 「今日こそ言わせてやるんだから!」 ばたん!と、勢いよくドアを開けてレナが飛び出す。 飛び出したと同時に辺りに漂った、おいしそうな料理の匂い。 テーブルについて今夜の夕飯を待っていた皆の目が、一斉にレナの手にのった料理に釘付けになる。 「さあっ!ディアスっ!!食べてみて!!」 どんっと、ディアスの前に置かれた料理は・・・・・、『地鶏串焼き』。ディアスの好物だ。 「皆〜ご飯だよ〜。」 レナに続いて調理場からでてきたアシュトンが、皆の前にそれぞれ料理を置いていく。 おいしそうな香りに、皆がそれぞれ手を伸ばそうとして・・・・・張り詰めた空気に、おそるおそるその一点に振り返った。 レナの作った『地鶏串焼き』を、一口・・・・口に含んだ男と、それを緊張した顔つきで見詰める少女。 だされた『地鶏串焼き』をすべてたいらげた男の口が、ゆっくりと開かれる。 それにその場にいた全員がごくりと唾を飲み込んだ。 「固いし、少し焦げてるな・・・・・・。」 「うそー!!ちゃんと味見したもんっ!」 「まだまだだな・・・・・。」 「う〜〜〜〜〜!!」 頬を真っ赤に染めて、口を尖らすレナ。 「明日こそは絶対に『美味しい』って、言わせてやるんだからぁ〜〜〜!」 ディアスが仲間になってから、ほぼ毎日、繰り返される日常だった。 「あ、あのさ?レナ・・・・毎日そうやってディアスに『地鶏串焼き』作ってるけれど・・・・何で??」 皆のリーダーである金髪の青年が不思議そうに尋ねる。 その質問に、レナの動きが止まった。 「昔ね、私がディアスに作ったお弁当が・・・・・近所の犬も食べてくんないくらいに・・・・まぁ、あまりおいしくなくて。で、ディアスと約束したの。」 「何を?」 「ディアスが美味しいって言うものが作れたら・・・・・。」 かたん。とディアスが立ち上がる。 聞こえるかどうかの小さな声で一言「ごちそうさま」と告げると、さっさと2階への階段の方に歩いていってしまう。 「作れたら??」 「作れたら――――――・・・・・。何だったかしら??」 がたん!!階段を踏み外したディアスの方を、皆が一斉に見る。 その視線に恥かしそうに顔を紅くすると、ディアスは咳払いをひとつしてさっさと2階へと上がってしまった。 「あの時私が頼んだコトをしてくれるって・・・・約束だったと思うんだけれど。うぅ〜〜ん??なんだっけな・・・・・。 『美味しい』って言わせるぞ〜〜〜!!って思ってばかりいたら、忘れちゃった・・・・。」 首を傾げて唸るレナ。 その話をずっと聞いていたプリシスが、もっていたフォークを置いた。 「・・・・・ディアスの方は覚えてたみたいじゃん?」 「みたいだね。あんなにうろたえたディアス、初めて見たよ。」 おかしそうに笑って、クロードがパンを頬張った。 「私も初めて見た。不覚にも驚きすぎて、カメラも構えられなかったわ・・・・。」 「な、何もそこまで・・・・。」 チサトがぶるりと身体を震わせる。それにアシュトンが悪そうに苦笑した。 「・・・・・・『キスひとつ』とかじゃありませんの?」 セリーヌのセリフに皆の動きが止まる中、レナだけがぴくりと肩を震わせた。 「思い出したわ!!」 がたん!!勢いよく立ち上がる。 一方こちらはあてがわれた部屋に戻ったディアス。 いつものようにぽすりとベッドに倒れ込むと、口の中に残る『地鶏串焼き』の味にふっと笑みを漏らした。 (忘れていたか・・・・。) 小さな頃、妹のセシルと競い合って作っていたレナの顔を思い出す。 汗で輝く額もそのままに、自分に差し出されたバスケット。 (ならば・・・・美味しい。と、言ってやっても良かったかもな。) 太陽よりも、野に咲く花よりも、眩しく可憐な笑顔で。 小さな幼馴染が差し出したお弁当箱。バスケットを掴む指には、白い包帯が巻きつけられていて。 (今でもあの約束を覚えているのかと・・・・らしくなく気恥かしくて言えなかったが。) 炭を付けた頬を、お気に入りだった空色の服の袖で拭ってしまって焦っていた。 目を瞑れば、昨日のことのように鮮明に浮ぶ小さな約束。 『やくそくだからね?』 『あぁ・・・・約束。』 『ユビキリして?』 『あぁ・・・・。』 絡めた指の、なんと細く小さかったこと。 大きな涙を零した瞳の、なんと真剣だったこと。 ふっと、笑みを漏らして。ディアスはゆっくりと瞳を閉じた。 のどかな時の流れに身をゆだね、軽く一眠りしようと・・・・・・。 コンコン。 「ディアス!」 はっと、現実に戻される。暫く眠ってしまっていたのかもしれない。 ゆっくりと起き上がると、叩かれた扉の方を見た。 レナ達と行動を共にするまで、こんな風に眠ることはなかった。 戦いの中に身を置いていても、どこか安心するような・・・・そんな空気。 俺も変わったものだと・・・・苦笑して、その原因となる少女のいる扉を開けた。 「どうした?」 「・・・・ま、また・・・・。作ったの。さっき言われたことを、自分なりになおしたつもりよ。」 差し出された白いお皿。湯気の立つ料理。 昔と違うのは、レナの白い指に巻きつけられた包帯がないということ。 不安そうに、自分を見上げる瞳。 「懲りないやつだな・・・・。」 ひとつ、手に取ってぱくりと口に入れる。広がる暖かな味。 「・・・・・・。」 確かに先程よりは柔らかな肉。 「・・・・・・で・・・・・。」 出直して来い。 言いかけた言葉を飲み込む。不安そうに自分を覗きこむ目に金縛りにあってしまって。 ディアスはこくりとすべてを飲み込むと、ぽん。と、レナの頭に手を置いた。 「・・・・美味い。」 「・・・・・・ほんと?」 ぱあっと、レナの顔が明るくなる。 「あぁ・・・・・。」 「じゃあ、約束、守ってくれる??」 レナの言葉にどきりとして。ディアスは唾を飲み込んだ。 あの明るく幸せそうな笑顔で、レナがディアスの胸に抱き付く。 「レ、レナ?思いだしたのか?」 「うん!」 体温上昇。 呼吸困難。 おまけに思考回路はショート寸前。 抱き付いてきたレナの身体を、引き剥がすことも、抱きしめ返すことも出来ないままに・・・・。 ディアスは顔中から汗が出るのではないかと・・・・・全然関係ないことを思った。 「前言撤回は無しだからね!」 くいっと、髪を引っ張られて。真っ赤に頬を染めたレナの瞳に捕らえられる。 自然と緩みそうになる口許を掌で覆って。ディアスは小さくコクリと頷いた。 「約束。」 差し出された小さな細い指に・・・・そっと自分の指を近付ける。 その指が震えてしまっているのがディアス自身にも、レナにもわかって・・・・・。 レナが可笑しそうに、幸せそうに笑った。 絡めた指先から、お互いの心拍数まで伝わりそう・・・・・。 『無理しないで。お腹こわしちゃうから!!お隣のわんちゃんも食べてくんないのよ?』 『大丈夫。また作ってよ。』 『作る!作るから、食べないで!今度はもっと、美味しいの作るから!』 『待ってる。』 『いっぱい、いっぱい練習するから!』 『楽しみだな。』 『作れるようになるから・・・・・。』 『うん。』 『なるから・・・・。なったら・・・・。』 『何?』 『私をディアスのお嫁さんにして?』 『いいよ。僕にだけ作って?』 『『約束』』
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