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「た〜だいまぁ〜っと。」

がちゃん。ばたん。
部屋の電気が消えていて。
真っ暗な部屋の中に月明りだけがさしこんできていて。
それでヒイロが眠っているとわかっているはずなのに、デュオは大きな声で、大きな音で部屋に戻る。
それだけでデュオは自分で自分が酔っているのだと、自分の中で冷静な部分が理解させた。
かといってやっぱり酔っているので、どうでもよかったのだが。

月明りに照らされた、ヒイロのベットの…ふとんがゆらりと揺らぐ。

そこで初めて、ヒイロを起こしてしまったことへの罪悪感がちくりと胸をさした。

「お前…弱いくせにそんなに呑むなといつも言っているだろう?」
「ワリイ、起こした?」

どくんっと、デュオの胸が音をたてる。
暗闇でヒイロの顔がよく見えない。
そのせいで夕方にみせた、ヒイロの瞳を思い出した。

「そう毎晩呑んでばかりじゃ、今度の任務に支障が出る。」

それでもヒイロの声は、口調はいつもとかわらなくて。
デュオはへらっと笑うと、ぱたぱたと足音を立ててヒイロのベットに近付く。
そしてぱふんっと寝ているヒイロのベットに転がると、いつものようにヒイロの上にのっかった。

「ヒイロ〜冷たい〜。」

そう言いながら、ヒイロにがばりっと抱きつく。
と―――その時。

「やめろっ!!」

ばさりと、布団ごと押し退かされて。
いつも以上の抵抗に、デュオは目を見開いた。
いつもつれないヒイロだけど、我関せずって感じていちいち反応を示してはこなかったのに。
デュオはヒイロをじっと見た。

がばりと起き上がって、息を乱すヒイロなんて………たぶん初めてだ。

月明かりが…ゆっくりと。
ヒイロの顔をうつしだして…。

ヒイロの瞳の中に、一瞬宿った………悲しそうな色に、デュオは一瞬でシラフに戻った。
どくんどくんと、心臓が高鳴る。

「ヒイ…ロ?」

いつもと様子の違うヒイロ。
初めて見せる、ヒイロの困惑した瞳。
ぎゅっと唇を噛み締めるヒイロに、デュオがそろりと腕を伸ばしかけて―――。

「おれは…お前の…友人じゃない。」

「え…?」

ヒイロの言葉に、デュオは再びマヌケな声を出す。
ヒイロが突然言い出したことは確かにデュオもそう思っていたけれど。
ただの友人だとは思っていなかったけれど。
もちろんヒイロが自分を友達だなんて思っていないことは、嫌でもわかりきっていたことだけど…

ヒイロが言いたいことは、ちょっと違う気がする。

「お前は…すぐそうやって、誰にでもくっついて、明るく接して、べらべらしゃべって。エージェントらしくなくって!」

無表情のまま。いつもと同じ声で、でもいつもよりも少し荒い口調で。
プルシアンブルーの瞳が揺れて、何かを訴えてくる。
昔から…初めて合った時から、惹き付けられて気になっていた、強くて真っ直ぐな瞳が。

「お前を…だんだん…憎みそうになってくる!!」

どきりとした。

こんなに感情を露にしたヒイロは初めて見る。
しかも言ってる意味がよくわからない。
自分がエージェントらしくないのが、何故ヒイロに憎まれなければならないのだ。
同じガンダムパイロットと言っても、お互い一緒に任務をしている訳ではないから、自分の生活で足を引っ張ったつもりはない。

どう反応して良いのかわからななくて、デュオは困ったようにヒイロを見た。

「ヒ…うわっ!!」

突然ヒイロの腕が伸びて、がしりと腕を掴まれて。
どさりと勢い良くベットに引き摺りこまれる。
あまり高級とは言えない寮のベットが、ぎしりと音を立てた。

「つっ…ヒイロ、何す……。」

あちこち痛む身体に、眉を寄せて…ヒイロに組み敷かれたまま、デュオは瞳を開き………ぐっと息を呑んだ。
目の前で自分を見下ろすヒイロの、瞳の色に。
いつのまにか跨がれた身体が、熱い。
掴まれた手首が、痛い。

ヒイロの…憧れだったヒイロの、プルシアンブルーの瞳に、自分のマヌケ面が映っていた。

どくんっと。身体中の血液が沸騰しそうなくらいに熱くなって。

「ヒイロ…痛ぇって。」

苦しい。
ヒイロの真剣な瞳が、自分を見ているのがわかって苦しい。

デュオはこくりと唾を飲みこむと、大きく深呼吸を繰り返した。

ずっと憧れだったヒイロの瞳に、自分の姿が映っている。
ずっと…ずっと…。
この瞳に自分の姿を、存在を映したくてワザと絡んだりもした。

最初は興味と好奇心で。

次は意地と、プライドで………。

それが次第に。

振り向いてもらいたい一心で………!!

それが今。綺麗で汚れを知らないヒイロの強い瞳に、醜く汚れた自分が映っている。

「ヒイロ……放せってば。」

ぎゅっとつくった握り拳が汗ばむ。
カタカタと震えはじめる拳。
デュオはぎゅっと瞳を閉じた。

そう。

わかってしまった。

自分を見下ろすヒイロの瞳の色。
ヒイロの言葉の意味。
自分の気もち。

自分がいつの間にか…自分でも知らないうちに恋焦がれてしまっていたヒイロの中で、自分と言う存在が大きくなってしまっていたことに。
いつも感情を表にださないヒイロが、珍しく声を大きくし、お喋りになっている理由に。

「ヒイロ…俺は…お前が好きなんだよ。」

ゆっくりと…瞳を明けると、ヒイロの瞳を真っ直ぐに捉える。
真剣なヒイロの瞳から、瞳を逸らさずに。
しっかりと想いを言葉にして。

今まで気付かなかった、自分のヒイロへの感情。

ヒイロの瞳の色に切なさだけが残った理由に、今頃気が付くなんて。

ぎゅっと手首を掴まれて、デュオはその痛みに再び眉を歪める。
ヒイロの顔が、ゆっくりと近付いてきて…知らず唇に力が入った。

「何人の…友達にそれを言った?」

ヒイロの熱い吐息が、唇にかかる。
ヒイロの真っ直ぐな瞳―――切なさに、胸が締め付けられる。

あぁ…そうか。

俺はこんなにヒイロを傷付けていたのか?

「俺が今言った好きは…友達としての『好き』じゃない…。俺が、特別に想っている人は…ヒイロ。お前だけだよ。」

吐息が触れ合うほどに近い距離で、お互いの視線が絡み合う。

「デュオ…。」

するりと…デュオの手首を掴んでいたヒイロの指がその拘束を解く。
するするとデュオの細い手首を、その長い指で滑りながら…デュオの指にヒイロは自分の指を絡めて。
ぎゅっと…お互い握り締め合う。

「ヒイロ…。」

こんな声で、ヒイロの名前を呼んだのは初めてだと思う。
酷く甘くて、鼻にかかった、ヤバイ声。

それでも仕方ないと思う。
勝手にでちゃったんだから。

ゆっくりとデュオが瞳を閉じると、ヒイロはデュオの唇に…そっと自分のソレを重ねた―――。





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あとがき

あともう1話続きます〜
なんでこんなに長くなってしまったんだろうか…
しかもなんか後半ちょっと雰囲気が…!!(大汗)

2003/09 天野まこと



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