「ちっとも帰ってきやしねェ…。」

主の帰ってこない部屋に、勝手に入る。
勝手に人の部屋に入ったりしたら、普通は怒られるのかもしれないけれども、ココの持ち主は帰ってこないしどうせ怒らない。
前だって自分がはいった時に怒りはしなかったし。

部屋の主はいない。
匂いも、ぬくもりも残っていない。
そんな部屋の、見慣れたデスクに近寄って。

ふっと。

丸められた紙が目に付いた。

手にした瞬間、指先からどくんどくんと血液が逆流するのがわかる。
耳の奥が煩かった。

なんとなく。なんとなくだけれども。
危険だ。
身体全体でシグナルが鳴る。

それでも震える指先は――――――――。





 +++ 光 2 





「デュオ?」

いつもなら必要以上にすべての部屋の明かりがついている。
そんなマイホームなのだが。
今日に限って電気が消えていた。

『ここが俺達の家だから。』

にっと笑って、デュオが嬉しそうに鍵を握り締めたのを覚えている。

『お前が道に迷わないように、俺が道に迷わないように。いつだって帰ってくる場所はココなのだと、どんなに遠くからでもわかるように。』

すっと両手を広げて。
部屋の、家の真ん中で、あいつは笑った。

『いつだって電気をつけて、明るくして、お互いがお互いの帰りをを待っていようぜ?』

電気の無駄だと。言いかけた言葉を飲み込んだ。
あまりにもデュオが嬉しそうに笑うから。
帰る場所のなかったデュオが、初めて持ったものだ。

『家庭ってのはさー。一人で作ろうと思っても、つくれないじゃん?他人と他人が出会って、そして年月をかけて築きあげてくもんじゃん?俺には一生、そーゆーのは作れないと思ってた。』

暗い部屋に足を踏み入れて。
何でこんなときにそんなことを思い出すんだろうかと、涙が出そうになった。

『これから作ってくんだなーって。お前と……って、何俺こっぱずかしーコト、言ってんだろ。わ、忘れろ!ヒイロ!!いいな!』

そうだ。

これからなんだ。

これからだった。

あいつが幸せになるのは。

くらりと眩暈がした気がして、足元がよろめく。
よろけた先で、つま先に固い物が当たった。
手探りで電気をつけて、明るくなった視界の先、目にはいったものに驚いた。

「デュオ!!」

「ん?あー…ヒイロ?おかえり〜。」

「お前、何して…。」

「あー…寝ちゃったのか…俺?床で。」

床に大の字になって寝ていたデュオがむくりと起き上がる。
俺のつま先にあるカメラに気がついて、俺はしまったと思った。
デュオの大事な仕事道具。それを蹴飛ばしてしまったのだから。

「すまない。そんなに強くは蹴っていないのだが。」
「あーいーよ。別に。」
「だが。」

カメラを拾い上げて、デュオはソレを転がっていた鞄にしまった。
様子がおかしかった。
寝起きだから。とかじゃない。
部屋に足を…家に足を踏み入れたときから、何故か違和感を感じていたのだ。
その理由が、わからない。
わからない――――が。胸ポケットの紙が小さくかさりと音を立てて、それにどきりとした。
胸ポケットの中が気になる。
胸の奥が、ざわついた。

「それに。」
「……デュ……。」
「どーせもうカメラやめるし。」

がつんっと頭を殴られた気がして、衝動のままにデュオの肩を掴んだ。
ぐいっとこちらを振り向かせようと力をこめた手を、ぱしりと手で振り払われた。

「ど…うしたんだ?突然。」
「なんつーか、もう…いいや。別に。」
「何を言っているんだお前は?」
「別に、ただなんつーか…そろそろ潮時かな。とか。思ったりしたわけですよ。もとガンダムパイロットのデュオさんとしては…サ。」

目の前が暗くなった。
振り返るデュオの、笑顔。
クセだ。
昔からの。
最近見せなくなったクセ。

笑いたくないときに、笑うな。と何度言っても治らなかった、デュオのクセ。

大体何がデュオのみに起こったのか、すぐにわかった。
あの記事だ。
もみ消した記事。しかしすべてに手を回せていなかったのかもしれない。
その記事が、デュオの目に触れてしまったのだとしたら、それは思った以上にはやかった。
まだなんの準備も、手もうっていない。

デュオがその記事を目にしてしまったのだと…わかっているのに…それでも確認したかった。
きちんと…確認がしたくて。

「デュオ?」
「ん?夕飯は―――悪いが作ってない。」
「デュオ!!」
「だいたいお前2週間も帰ってこないでさー。帰ってくるときは一言連絡しないとお前の分用意できないっつーの。ってか、俺の分もまだ作ってないーけどさー。」
「何か、あったのか?」



俺の言葉に、デュオの指がぴくりと動く。



床の上で俯く、デュオ。
背中が小さくて、顔が見えなくて。
振り払われた手が、熱を帯びて熱かった。

「別に?」

「嘘をつくな。」

「嘘なんてついてねーって。」

「デュオ!」

「ただ。」

くるりと、振り返ったデュオの瞳に、身体が金縛りにあう。
こくりと、つばを飲み込んだ。

「そろそろ潮時かなーって……だって俺は幸せになっちゃいけなかったんだ。」

そのデュオの言葉と。
虚ろな瞳。
そして今にも泣き出しそうな、その笑顔に。
胸が鷲掴みにされた。

「つーか、まいったなぁ…。」

カメラのはいった鞄を抱きしめる、デュオの肩が小さく震えた。

「なんで、お前に…すぐばれたんだろう?俺、笑えて――――。」
「バカが。」

握り締めていた鍵も、ポストから取ってきた広告も、すべて床に投げ捨てて。
床に座り込む、小さな背中を抱きしめた。
小さく震えるその肩に、胸が苦しかった。



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2005/10/10 天野まこと



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