「ちっとも帰ってきやしねェ…。」 主の帰ってこない部屋に、勝手に入る。 勝手に人の部屋に入ったりしたら、普通は怒られるのかもしれないけれども、ココの持ち主は帰ってこないしどうせ怒らない。 前だって自分がはいった時に怒りはしなかったし。 部屋の主はいない。 匂いも、ぬくもりも残っていない。 そんな部屋の、見慣れたデスクに近寄って。 ふっと。 丸められた紙が目に付いた。 手にした瞬間、指先からどくんどくんと血液が逆流するのがわかる。 耳の奥が煩かった。 なんとなく。なんとなくだけれども。 危険だ。 身体全体でシグナルが鳴る。 それでも震える指先は――――――――。
「デュオ?」 いつもなら必要以上にすべての部屋の明かりがついている。 そんなマイホームなのだが。 今日に限って電気が消えていた。 『ここが俺達の家だから。』 にっと笑って、デュオが嬉しそうに鍵を握り締めたのを覚えている。 『お前が道に迷わないように、俺が道に迷わないように。いつだって帰ってくる場所はココなのだと、どんなに遠くからでもわかるように。』 すっと両手を広げて。 部屋の、家の真ん中で、あいつは笑った。 『いつだって電気をつけて、明るくして、お互いがお互いの帰りをを待っていようぜ?』 電気の無駄だと。言いかけた言葉を飲み込んだ。 あまりにもデュオが嬉しそうに笑うから。 帰る場所のなかったデュオが、初めて持ったものだ。 『家庭ってのはさー。一人で作ろうと思っても、つくれないじゃん?他人と他人が出会って、そして年月をかけて築きあげてくもんじゃん?俺には一生、そーゆーのは作れないと思ってた。』 暗い部屋に足を踏み入れて。 何でこんなときにそんなことを思い出すんだろうかと、涙が出そうになった。 『これから作ってくんだなーって。お前と……って、何俺こっぱずかしーコト、言ってんだろ。わ、忘れろ!ヒイロ!!いいな!』 そうだ。 これからなんだ。 これからだった。 あいつが幸せになるのは。 くらりと眩暈がした気がして、足元がよろめく。 よろけた先で、つま先に固い物が当たった。 手探りで電気をつけて、明るくなった視界の先、目にはいったものに驚いた。 「デュオ!!」 「ん?あー…ヒイロ?おかえり〜。」 「お前、何して…。」 「あー…寝ちゃったのか…俺?床で。」 床に大の字になって寝ていたデュオがむくりと起き上がる。 俺のつま先にあるカメラに気がついて、俺はしまったと思った。 デュオの大事な仕事道具。それを蹴飛ばしてしまったのだから。 「すまない。そんなに強くは蹴っていないのだが。」 「あーいーよ。別に。」 「だが。」 カメラを拾い上げて、デュオはソレを転がっていた鞄にしまった。 様子がおかしかった。 寝起きだから。とかじゃない。 部屋に足を…家に足を踏み入れたときから、何故か違和感を感じていたのだ。 その理由が、わからない。 わからない――――が。胸ポケットの紙が小さくかさりと音を立てて、それにどきりとした。 胸ポケットの中が気になる。 胸の奥が、ざわついた。 「それに。」 「……デュ……。」 「どーせもうカメラやめるし。」 がつんっと頭を殴られた気がして、衝動のままにデュオの肩を掴んだ。 ぐいっとこちらを振り向かせようと力をこめた手を、ぱしりと手で振り払われた。 「ど…うしたんだ?突然。」 「なんつーか、もう…いいや。別に。」 「何を言っているんだお前は?」 「別に、ただなんつーか…そろそろ潮時かな。とか。思ったりしたわけですよ。もとガンダムパイロットのデュオさんとしては…サ。」 目の前が暗くなった。 振り返るデュオの、笑顔。 クセだ。 昔からの。 最近見せなくなったクセ。 笑いたくないときに、笑うな。と何度言っても治らなかった、デュオのクセ。 大体何がデュオのみに起こったのか、すぐにわかった。 あの記事だ。 もみ消した記事。しかしすべてに手を回せていなかったのかもしれない。 その記事が、デュオの目に触れてしまったのだとしたら、それは思った以上にはやかった。 まだなんの準備も、手もうっていない。 デュオがその記事を目にしてしまったのだと…わかっているのに…それでも確認したかった。 きちんと…確認がしたくて。 「デュオ?」 「ん?夕飯は―――悪いが作ってない。」 「デュオ!!」 「だいたいお前2週間も帰ってこないでさー。帰ってくるときは一言連絡しないとお前の分用意できないっつーの。ってか、俺の分もまだ作ってないーけどさー。」 「何か、あったのか?」 俺の言葉に、デュオの指がぴくりと動く。 床の上で俯く、デュオ。 背中が小さくて、顔が見えなくて。 振り払われた手が、熱を帯びて熱かった。 「別に?」 「嘘をつくな。」 「嘘なんてついてねーって。」 「デュオ!」 「ただ。」 くるりと、振り返ったデュオの瞳に、身体が金縛りにあう。 こくりと、つばを飲み込んだ。 「そろそろ潮時かなーって……だって俺は幸せになっちゃいけなかったんだ。」 そのデュオの言葉と。 虚ろな瞳。 そして今にも泣き出しそうな、その笑顔に。 胸が鷲掴みにされた。 「つーか、まいったなぁ…。」 カメラのはいった鞄を抱きしめる、デュオの肩が小さく震えた。 「なんで、お前に…すぐばれたんだろう?俺、笑えて――――。」 「バカが。」 握り締めていた鍵も、ポストから取ってきた広告も、すべて床に投げ捨てて。 床に座り込む、小さな背中を抱きしめた。 小さく震えるその肩に、胸が苦しかった。 →NEXT 2005/10/10 天野まこと |