「じゃあ、最後に。」
「なんスか?」

目の前の淡いルージュがにっこりと微笑んだ。
やっと終わりかーとほっとした俺に、彼女はレコーダーの電源に指先をかけて問いかける。

「好きな人は、いますか?」

思いがけない質問に、呆気に取られた俺のマヌケ面に向かって、ピカッとフラッシュが光った。






 +++ 光





「お疲れ様。ヒイロ。今日もありがとう。」
「いや。仕事だからな。」
「冷たいですのね。相変わらず。今日はあちらへ?」
「あぁ。もう2週間くらい帰っていないからな。そろそろ帰らないと煩い。」

俺の言葉にリリーナはふっと口元だけで微笑んだ。
いつもながら何もかも見透かしている。そんな彼女の瞳に、自分でも気がついていなかった自分の本心に気がつくことも少なくは無い。
一応予定されていた今日の仕事も終わり、引継ぎを次の者にしてさっさと帰ろうと思った時だった。

「あっ…忘れていましたわ。ヒイロ。これ…ノインさんから預かったのですけれど…。」

ひらりと渡された用紙を一目見た途端に、カッと身体が熱くなった。
昔はこんな感情を知らなかった。
これは怒りだ。思いやりのカケラも無い、興味と金儲けのためだけで、相手のことをなんとも思っていない輩達への。
仕事だとはわかっているが、それでもどうしても怒りを覚えるのだ。
なぜ、そっとしておいてくれないのだろうかと。
とはいえ怒りを顔に出すことはないのだが。

「すまない。」
「………大変ね。」
「………リリーナ。」
「ごめんなさい。失礼な発言でしたわ。」
「俺たちは…少なくとも俺は、ガンダムのパイロットであったことを後悔していない。」
「知っていますわ。」
「だが…。」

どうしてそっとしておいてくれないのだろうか。
俺のことはいい。だが。

「これはアイツのミスだ。人前で素顔をさらした…デュオのな。」
「ヒイロ。」
「ノインに礼を言っておいてくれ。いつもすまないと。」
「ええ。」

受け取った用紙を雑に畳むと胸ポケットにしまいこんで、脱ぎ捨てていたジャケットを羽織る。

やっと光が見えたんだ。
夜、うなされて起きることが無くなった。
がむしゃらにすべてを投げ出すような身体の扱いを、することも無くなった。
カメラを手にするアイツの瞳が、キラキラ、キラキラ、輝いていたんだ。
初めてカメラを手にした日から。
あいつに光が。
戻る先も、進む先も、すべてを失った迷子みたいな瞳をしていたアイツが見つけた、自分の進む道。
光の道しるべ。

リリーナの部屋を出て、すでに日付が変わろうとしている腕時計をちらりと盗み見る。
今日のあいつは家にいるのだろうか?

かさりと音がして、ふっと胸ポケットからさっきの用紙を取り出した。
少しだけしわくちゃになったそれを目の前で広げて、軽くため息をつく。
これで…3社目だ。
そろそろ隠し通すのも無理かもしれない。
だから取材はやめとけと言ったんだ。

『今話題のカリスマカメラマン。その正体は―――?』

太字で書かれた文章に、その先を読む気すらなくなってくしゃりと握りつぶした。
写真は一切お断り。
取材は1対1で。それでも流石にこの業界で、彼の姿を見たことがない者はいない筈だ。
誰かがもしかして?と囁けば、自分もそう思ったと言い出すものがいる。
ただでさえこの若さで、話題のカメラマンとなれば、顔をだしたがるものの方が多い中、デュオは一切顔を表に出さなかったのだ。何か理由があるはずだと…スキャンダルの匂いをかぎつければ、マスコミと言うものはどこにそんな情報収集能力があるのかと思わせるくらいの情報収集能力を発揮する。
そうなると調べあげるものがいるわけで、こうしてリリーナとノインの力を借りて、世に出る前にその記事を握りつぶしてきはしたが。

だが。

限界はある。
そろそろ潮時なのかもしれない。

乱れた息を整えて、ジャケットのポケットに手を突っ込んだ。
ちゃりちゃりと音が響いて、やっと指先をかすめたキーホルダーを見つけて取り出した。
デュオがこれをつけておけと、ロケ先で買ってきた趣味の悪いキーホルダーだ。
ただでさえ自分のものとお揃いなものは、ガンダムなんつー色気のカケラも無いもんなんだからさ。と、苦笑しながらそう言ってデュオが渡してきたのを今でも覚えてる。
自分の鍵にもつけるから、お前もつけろと。そういった。
笑いたくないときにも、笑うデュオのクセだ。

泣きたくなった。

やっと笑うようになったのだ。
笑いたいときに、自分の好きなように。

あいつから、カメラを取らないでくれ。

折角手に入れた、光。

カメラは、あいつの光だ。


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2005/10/01 天野まこと



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