| 「フェイトっ…!?」 ガタンっと派手に音を立ててネルが立ち上がる。 フェイトは押し開いた扉を掴む手が震えるのを感じた。 「あんたたち…どうして…。」 振り返った彼女の首には相変らずのマフラー。 はらりと舞って、重力に抗いもせずに再びゆったりと落ちつく。 いつもの格好ではなく、ラフな格好のネル。 剥き出しの肩が細くて、長い足はいつもと違って膝までのスカートで覆われていて。 漆黒の私服に身を包むネルが、以前よりも。 以前よりも―――綺麗に見えた。 驚いて見開かれた瞳に、射抜かれる。 「ネル…さん…。」 こくりと―――フェイトは唾を飲み込んだ。 こんなにも。 こんなにも―――彼女は綺麗だったろうか? ■■■ Destiny act.3 瞳を伏せれば今でもあの最後の日が脳裏に浮ぶ。 別れの前に彼女の部屋にいった。 自分の気持ちを伝えたくて。 でもそれは出来なくて。 彼女も自分の気持ちを口にはしなかった。 でも。それでもどこかお互いの気持ちはわかっていたのだけれども。 その日別れるというのに、もう2度と会えないというのに、何を言うと言うのだ。 細く長い腕がゆっくりと動いて、昔と同じクセなのか…腰に当てられる。 それにはっと我に返るとフェイトは曖昧に笑う。 「お久しぶりです。」 あなたに会う資格は僕にはないけれど。 それでもあなたに会いたくて。 口にすることはできないけれど。 しなければならないのは、謝罪の言葉。 「………そして…ごめんなさい。」 「何を謝る必要があるってんだい?」 ネルの眉が怪訝そうなカタチに歪められる。 二人のヤリトリをみていたマリアの眉も同じように歪められた。 「せっかくきたんだ。ゆっくりしていけばいい。」 「………そういうわけにもいかないんですけれどね。」 苦笑したフェイトにネルが眉を寄せる。 軽く首を傾げたネルに、フェイトは今までのいきさつを話した。 じっと黙って聞いていたネルが、ふっと瞳を伏せる。 その仕種に再びフェイトは息を呑んだ。 彼女はこんな表情を――昔もしていただろうか? 憂いを秘めたその表情は壮絶に綺麗で…それでいてどこか儚い。 「そういえばクレアさんからネルさんがクリムゾンブレイドを止めるかもしれないと…ききました。一体どうしたんですか?」 「クレアから………そうかい。ただ休暇を貰っただけだったんだけどね。」 苦笑するネルが机と椅子の間から抜け出ると、そっとフェイトに近付く。 そのネルの動きに、マリアは再び息を呑んだ。 どこか気になる…ネルの表情と仕種。 マフラーを掴むと、それをじっと見つめて。 ネルは笑った。 「もう大聖堂には寄ったのかい?ここにきたのなら、お祈りくらいしていきなよ。」 「…そうですね。」 カツン…と広く長い廊下に足音が響く。 大聖堂にはいると、神官とロザリアが昔と同じようにたっていた。 なつかしいその風景に、フェイトはどこか心が安らぐのがわかる。 ネルの2回目の施術をみたのはここだった。 どこか自分達の星で言う教会と似たこの雰囲気は、気恥ずかしさも感じるのだけれど。 ネルと並んで歩きながら、フェイトはちらりとネルをみた。 華奢なその細長い腕が技を繰り出すのが好きだった。 彼女の着地と同時に舞い降りたマフラーを、すっとまるで髪を撫でるみたいに祓いのけると、そのマフラーで死角を作って敵を切り裂き、バックステップで離れ様とした敵を素早くそのマフラーで包むと引き寄せ、そのままダガーをつきたてて。 はらりとマフラーが揺れると、敵も同時に地に倒れた。 その一連の戦闘技術はまるで舞いの様だと思ったこともあった。 マフラーの動きもすべて把握しているのか、ソレ自体がすでに彼女にとっては武器なのか。 芸術と言ってもおかしく無いほどに、綺麗なネルのムダのない動き。 厳しいことを言いながらも、時折見せる優しい一面。 部下思いの、仲間思いのネル。 『あんだが気にすることじゃないんだよ』 ぶるっと身体が震えた。 耳鳴り。 どくんどくんと身体中の血液が波打つ。 懐かしい思い出。 片時も忘れたことなんてなかった。 ネルの動き。 声。体温。吐息。 熱。 伸ばされた指の先まで、力の込められた綺麗な指先。 「フェイト?」 はっと息を呑む。 振り返るといつの間にか足を止めていたネルがいた。 腕をおなかの前で組んで、首を傾けたネル。 「……ここから、また…あそこにいくんだね?」 「…ええ…。」 「………ついてこいとは…言わないんだね。」 「………あなたを巻きこみたくない。そうあの時思った気持ちは、今もまだ…僕の中にあります。」 フェイトの言葉にネルは微笑む。 フェイトは頭を下げた。 「ごめんなさい。ネルさん。あなたを置いていくことが………僕のあなたへの愛です。」 フェイトの言葉にマリアが二人から顔を叛けた。 フェイトの言葉に、ネルはははっと笑う。 「慣れないこと言うんじゃないよ。さ、はやく行っておいで。」 くいっと地下へと続く階段を顎でさして。 そんなネルにフェイトは唇を噛み締める。 つれていってと言わないネルに、どこか淋しいと思ってしまうのも本音だ。 でもそんなこと言ってられない。 罪深い自分には、ネルを置いていく。 1度決めた綺麗事を貫くことしかできなかったから。 「はい。」 だから歩き出した。 振り向かない。 背後には愛しい人の気配。 会えた。 もう1度会えた。 会ったら気持ちが揺らぐかもしれないと思った。 でも彼女の態度は、自分の決心を揺することはなかった。 それどころか更に強く深く決心させられた。 自分を責めない彼女のために、別れる…忘れる決心を―――。 あの時の、思い出だけで。 僕は十分なのだと。 自分に言い聞かせる。 封印洞へと続く長い長い廊下。 歩いていた足は、気が付いたら自然と走り出していた。 タッタッタッタと軽快な足音が響く。 隣で走る蒼い髪の女性が…さっきまで黙っていた口を開いた。 「…フェイト。」 「ん?」 タッタッタッタ………。 「…気がついた?」 「何に?」 タッタッタッタ………。 流れる景色。 目指すはセフィラ。 聖堂カナンに眠る、ネルたちの宝。 タッタッタッタ………。 「彼女………妊娠しているわ。」 「え?」 マリアの言葉に、フェイトは足を止めた。 next→ あとがき |