■■■ 伝えたいキモチ




「君はいつもそうやって『好き』とか、『愛してる』とか…言葉ばかりを求めるけれど………。
そんなものよりももっと…もっと大切なものがあると思うんだ。」


「―――――え?」

初めて見た、初めて聞いた、アシュトンの目、声。
コワイ。と、初めて思った。
怒らせちゃったのかな?って、思ったら…どくんと大きく心臓が波打って、突然胸に広がる『不安』とか『恐怖』とか。目頭が熱くなって、プリシスは言葉を失った。





きっかけは本当にささいなコト――――――。










「アシュトンはアタシのコト、好き?」

一日に一回はついアシュトンに聞いてしまうプリシス。
今日もやっぱり聞いてしまって。
するとアシュトンは毎日言っているにまだ慣れないのか、頬を真っ赤に染めて『好きだよ』って、  プリシスになんとか聞こえる声で応えてくれる。

でもそう言われるのはとても心地良くて、嬉しくて、プリシスはやっぱり何回も聞いてしまうのだ。
アシュトンの真っ赤になる反応が、嘘じゃないって教えてくれるから、その言葉が真実だって伝わる。
だからプリシスは自分が決して毎日口にするコトのない『好き』を、 毎日アシュトンに聞いてしまうのだった。
「えへへ〜♪」
そして彼に抱きついて、真っ赤になってうろたえる彼に笑って。
幸せな日常。

今日もそうやって一日が始まった。
昨日と違ったのは、今日から新しいダンジョンだったってコト。
ほんのちょとだけ、自分達よりも強い敵に皆苦戦していて、やっと敵を倒したから安心したほんの一瞬。

そのほんの一瞬。
皆の中で張り詰めていた意識が緩んだ一瞬に、倒した筈のモンスターがレナとプリシスを狙ったのだ。
「きゃぁっ!?」
「うわぁっっっ!」
「レナっ!」
「プリシスっ!」
咄嗟に後ろに飛び退き、尻餅を付いたプリシスの目に映ったのは、レナを庇って飛び出したアシュトンの姿だった。
耳に届いた声を疑った。
今、自分の名を呼んだのは誰のものだったのか?

「プリシス、大丈夫?」

差し出された手を、掴もうとして…涙が出た。
差し出された手は、掛けられた声は、自分の一番大切な、一番好きな人のものじゃなかった。
「プリシス?どこか痛いの?」
「…ううん。あんがと。クロード…。」
ぎゅっと手を掴んで、のろのろと起き上がる。

なんでアシュトンが自分を助けてくれなかったのか。
だって、アシュトンの一番近くにいたのは自分だったのに。
だって、アシュトンは…自分を守るって…いつも言ってくれてるのに。

「アシュトン、血が出てる。ヒールしようか?」
「ううん。これくらい平気だよ。レナはどこか怪我しちゃった?」
「平気よ。ありがと。」

プリシスの胸がどきりとした。なんとなくだけれど…今目の前で会話するレナとアシュトンが、とてもお似合いのふたりに思えたからだ。
プリシスだってちょっと怪我をしているのに、アシュトンはそれに気が付きもせずにレナの心配をしている。
カーっと身体中が熱くなって、頭の中で何かが大きく弾ける。
「アシュトンっ…!!」
「あ!プリシス。大丈夫だったかい?」
気がついたら走り出していた。
アシュトンの気遣うセリフでさえ、今更…!と、上辺だけのものに聞こえて、更に身体中が熱くなる。

「アタシと、レナと!どっちが大切なのよっ!?」

気がついたらぼろぼろと涙が零れていた。血が逆流する。
感情の暴走って、きっとこういうコトを言うのだろうとプリシスは思った。
溢れて、溢れ出て止まらない。
心の奥底にある醜いものが、涙になって溢れ出る。

だって自分のコトを好きって、いつも言ってくれてるのに。
なのに彼女がピンチの時に他の女の子を助けるってどういうこと?
そう思ったら、つい口から出てしまったのだ。

本気で言ったワケじゃない。
ただ、アシュトンに「もちろんプリシスだよ」そう言ってもらいたくて、そうしたら今回のコトも許せる。
そう思ってつい口から出てしまったこと。

なのに…目の前にいたアシュトンの目が、今までに見たこともない色を見せて。
プリシスの背筋に、冷たいものが流れた。
アシュトンの腕が、ばっと大きく降り上げられて、レナが何かを叫んで………
ぶたれる!そう思ってプリシスは目をぎゅっと瞑った。

「君はいつもそうやって『好き』とか、『愛してる』とか…言葉ばかりを求めるけれど………。
そんなものよりももっと…もっと大切なものがあると思うんだ。」

「―――――え?」

そこでプリシスに掛けられた言葉がコレだった。
驚いて目を開けると…心臓が鷲掴みにされたみたいに痛む。

初めてプリシスが見た――――――
アシュトンの悲しそうな、淋しそうな瞳だった。






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