■■■ 最終決戦前夜




ざわざわと。窓の外から聞こえてくる木々の葉の音だけがやけに大きく聞こえる。
別に嵐でもないし、風が強いわけでもない。
時たま聞こえてくる波の音が、葉のざわめく音の合間に聞こえてきていた。

自分の鼓動が心地良く耳に届いている。
自分でも不思議なくらいに穏やかな気分だった。
こんな夜は会いたい人がいる。会いたくて、一緒にいたい人がいる。
そんなこと出来る筈もなかったけれども。

コンコンと、小さく扉が叩かれる。

その方向に目をやって、アシュトンは飲みかけのグラスをテーブルに置いた。
「はい。」
アシュトンの返事に、扉がゆっくりと開かれる。
ひょいっと、ワインボトルが扉の向こうから顔を出した。
続けて現れたのは仲間のひとり。

ボーマンだった。

「よぉ。起きてたんだな?ちょっと1杯やらねぇか?」
「いいですよ。どうぞ。」
ボーマンを部屋の中に促して、アシュトンは扉を閉めた。
テーブルに置かれたグラスに目をやると、ボーマンはワインボトルを開けようとした手を一瞬止める。
「あれ?なにお前、もう飲んでたんだ?全然酔ってねぇじゃんか。」
「ああ・・・・まぁ。こんな夜にいくら飲んだって酔えるわけないんですよね・・・・。」
かちんと、グラスの縁を爪で弾いて、アシュトンは苦笑した。
「もともと・・・・あまり酔える方ではないんです。一人旅がながかったから・・・・。」
「安心して酔えねぇんだ?」
とぷとぷとワインがグラスに満たされていく。
ベッドサイドのランプに照らされて、赤紫色の液体がてらてらと光り輝いた。
「確かに・・・・こんな夜はいくら飲んでも・・・・飲んだ気がしないな。」
液体が揺れると、光も揺れる。その揺らめきをじっと見詰めて、ボーマンは苦笑いした。

『こんな夜』・・・・。そう、こんな・・・・。

『最終決戦前夜』

妙に昂ぶりつつも、妙に落ちついて。
穏やかな空気が自分をとりまいている。
そんな夜。
たぶん仲間の誰もが、眠れない夜を過ごしているのだろう。

「乾杯するか。」
「何にですか。」
苦笑するボーマンに、アシュトンも苦笑いをむける。
お互い無言のままグラスをコツンとあてて、甘く舌触りのよいワインを喉に流しこんだ。















『確かに・・・・こんな夜はいくら飲んでも・・・・飲んだ気がしないな。』

って、言っていたのは誰だっただろうか?

「大体あの二人もまどろっこしいっていうかさ、がばーっと襲っちゃえばいいんだよな!」
頬を紅く染めてなんだかとんでもないことを言っている男に、アシュトンはこめかみを押さえた。
「アシュトンもさ、こんな夜くらい一緒にいたい奴とかいないのかよ?」
「あ――――まぁ・・・・。」
「はっきりしろよな〜。」
ワインをなみなみとグラスについでは一気に呑んでいる男。
確かに自分はあまり酔う方ではなかったが、こんな夜はさっさと酔って寝てしまいたかった。
しかしこうも目の前で酔われていると・・・・・・酔えやしない・・・・。
アシュトンは苦笑してグラスをちびちびと口にはこんだ。

「俺は今夜一緒にいたい奴がいたんだぜ?」
急に大人しくなったボーマンに驚いて顔を上げる。
胸がつきんと痛んで、アシュトンは顔を曇らせた。
「あ・・・・・。」
ニーネさんですか?と、言いかけて止める。
なんだか口に出すのは悔しくて。

それは・・・・・。
自分は・・・・きっとこの目の前の人が・・・・。

気がついたのは最近。
口にする気はなかったけれども・・・・だって男同士だし、なにより彼は妻帯者だ。
今夜自分が会いたいと思っていた人、それは目の前の彼。
最初はよくからかわれてキス・・・・とかされて。
うろたえる自分を見て楽しそうに笑っていたボーマン。
その彼に、気がついたら惹かれていた。

「ばかだなぁ〜・・・・違うって。俺は一緒にいたい奴とは意地でも一緒にいるからな。」
さらりと、耳許の髪の毛を掬われて身体が硬直する。
瞬間にどきりとして、ワンテンポずれて顔中が熱く火照った。
覗きこむような彼独特の瞳に貫かれて、身体中が心臓になったみたいにどきどきとする。

「・・・・・・。」

こくりと、唾を飲み込む音が響いた気がした。

アシュトンはぱっとボーマンから目を逸らすと落ちつこうと呼吸を繰り返す。
「誰・・・・ですか?」
マヌケな質問だ。

『俺は一緒にいたい奴とは意地でも一緒にいるからな。』

その言葉の意味すること、彼が自分を覗きこんでくる瞳の意味すること
それはいくら鈍い自分でもわかる。
でも・・・・・口にして欲しい。
そう思ってしまう自分がいた。

握り締める手が汗ばむ。
くるくると頭の中をまわる危険信号。
くいっと髪を引っ張られて、アシュトンの唇がボーマンの唇に触れそうなくらいに近づく。
熱く酒気を帯びた吐息がかかる。

「なぁ・・・・・アシュトン・・・・。こういう夜はヤりたくならねぇ・・・・?」
「・・・・・ぼ、ぼーまんさんっ!?」
驚きすぎて声がひっくり返ってしまった。心臓が早鐘の様に加速していく。
「え、あ、あのっ・・・・・!」
自分が一体どうしたいのかがわからない。
好きだけど、好きだけど、好きだけれども!!
コレは自分が望んだ関係なのか?
自分はボーマンが好きだけれど、ボーマンは自分を好きでいてくれているんだろうか?
「その・・・・。」
はやく何か返事をしなくては・・・・。
そう思えば思うほど頭は混乱するばかりで。

もしかしたら明日自分達は生きて帰ってこれないかもしれなくて、生きて帰ってきたらきたで
彼は妻のところに戻るわけで・・・・・もうこんなチャンスはないかもしれなくて。
こくりと唾を飲み込む。

「あっ・・・・あのっ!ぼ、僕もっ・・・・・!」
それにボーマンはくっくっ・・・・と喉の奥で笑うと、ぱっとアシュトンの髪の毛を離した。
「はははっ・・・・冗談だよ!ユデダコみたいになってんぞ?お前。」
ボーマンの言葉に呆気にとられる。熱く火照っていた顔が外気に触れて冷たさを感じる。
「・・・・・・悪かったな・・・・。」
ぐるぐるしていた頭が急に冷静になってくる。
自分でも驚くくらいに自分らしくない感情が胸に芽生えた。
「ボーマンさん。」
「なんだ?」
膝の上でぎゅっと握りしめている拳を睨みつけて、アシュトンはゆっくりと口を開いた。

「僕は・・・・・あなたと・・・・今夜・・・・・・。」

「・・・・・・・アシュトン。」
言っている時はそうでもなかったが、ボーマンに名前を呼ばれると急に恥かしくなった。
慌てて立ちあがってその場から逃げようとすると、手首を掴まれる。
「・・・・後悔しねぇな?」
しゅっと、ボーマンがアシュトンの手首を掴んでいない方の手でネクタイを外す。
ぱさりと床に落ちるネクタイが視界の端に映って、それがやけに胸をドキドキさせた。
真剣なボーマンの瞳に、泣きたくなってくる。

「好き・・・・だったんです。ずっと・・・・僕は、あなたが。」

苦しくて、伝えてしまった想い。
切なくて、苦しくて、今自分は一体どんな顔をしているのだろう?
アシュトンの言葉にボーマンは苦笑すると、アシュトンの手首を引き寄せそこに軽く口付けた。
「たまんねぇな・・・・。ほんと、お前・・・・サイコー・・・・。」
「っ・・・・・!」
急激に顔が紅くなるのが自分でもわかる。
アシュトンは恥かしくてボーマンから目を逸らした。
「俺もお前のコト好きだぜ?」
「ボーマンさん・・・・。」
「最初は・・・・ただからかってただけだったんだが・・・・。
いつの間にか本気になってて・・・・酔わなきゃ手が出せない・・・・・くらいにな。」
困ったように苦笑するボーマンにアシュトンは微笑んで。その微笑に、ボーマンも微笑った。

「アシュトン・・・・。」
名前を耳許で囁かれ、ぺろりと耳朶を舐められる。
その感触にアシュトンは身体をぶるりと震わせた。
それを愛しそうに見詰めて、ボーマンは手首を掴んでいた手をゆっくりと腕に滑らす。
袖の隙間から指を忍び込ませて、アシュトンの腕を直接触った。
「んっ・・・・。」
擽ったそうに、恥かしそうに瞼を伏せるアシュトンの瞼にそっとキスをして。
ボーマンはアシュトンの腰に回した手に力を込めた・・・・・・。






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