■■■ ツマサキダチの恋
好きとか。嫌いとか。
そんなものよくわからないけれど。
昔読んだ、ありふれた恋愛漫画や恋愛小説みたいに。
手が触れただけでドキリとしたり。
目が合うだけで幸せになったり。
一緒にいる時が、ずっと続けばいいと思ったり。
あの人の傍にいたい。
そう感じるコトが恋なのだとしたら―――――――。
アタシのこの左胸の奥にある、よくわからない重たいものは。
恋なのだと思う。
今日は2月29日。
アタシの――――――14回目の誕生日。
あの人との年の差が。
10歳に縮む日――――――。
それだけで、何故かあの人に近付けた気がする―――――。
「プリシス。誕生日おめでとう。」
「あんがと〜♪ボーマンせんせっ♪」
抱えきれない程にたくさんのカスミ草。中心には色とりどりの花がある、大きな花束。
それを満面の笑みで受け取って、プリシスはその花束を抱きしめた。
鼻を擽る、甘い香り。1,2,3・・・・14本の、花達。
その花のひとつに軽く口付けて、プリシスが笑う。
「にしても、さすがボーマンせんせだよね。普通、14の女の子に花束なんてあげる〜?
慣れてるって、感じ。」
無邪気な笑顔で、プリシスがボーマンの顔を覗きこむ。
それに苦笑しながら、ボーマンは普段ならタバコを咥えている口許を、寂しげに手で摩った。
言われてみれば、少し早いかもしれないと思ったからだ。
もともとプリシスは小柄な少女だから、花束に埋もれて顔がよく見えない。
それがなんだか可笑しくて、可愛らしくて。
ボーマンはプリシスに気が付かれない様にこっそりと笑った。
「他のが良かったか?」
「ううん。コレがいい!コレが嬉しい!ありがとう〜♪」
再び満面の笑みでプリシスが喜ぶ。それがボーマンも嬉しくて、ボーマンも笑った。
「ね?ボーマン先生。これからうち来てよ。」
「ん?なんだ?パーティーでもあるのか?」
するりとプリシスがボーマンの腕に自分のそれを滑り込ませる。
ボーマンの腕に、プリシスの暖かな体温が伝わった。
オコサマ体温。
とでも言うのだろうか?プリシスの体温は他の子と比べると多少高い。
それに喉の奥で笑い、ボーマンは引っ張られる腕に仕方なさそうに苦笑した。
「ね?い〜じゃん。来てよ〜。」
「わかった。わかった。仕方ないな・・・・・。」
プリシスがまだ小さな頃からボーマンはプリシスの面倒を見ていた。
面倒を見ると言うか、付きまとわれるというか。
ボーマンにとって、プリシスは自分の妹のような存在だったのだ。
だからよくこうしてプリシスに腕を引っ張られては、口に言うほど嫌そうでもないボーマンの姿が
リンガでは良く見かけられていた。
「・・・・・・。」
ふと、ボーマンの笑顔が素に戻る。
ぐいぐいと引っ張られる腕。
それに困ったように苦笑して、ボーマンは空を仰ぎ見た。
タバコの無い口許がなんとなく寂しくて、空いてる方の手で口許を弄る。
タバコでも吸って、気を紛らわしたい――――その理由は。
自分の腕に当たる、柔らかく暖かな感触。
プリシスの発展途上の胸が当たるのに困ったからだ。
小さい、小さいとばかり思っていた少女は、いつの間にか成長期を迎えていたらしい。
嬉しいような、寂しいような――――困ったような。
不思議な気分。
目の矢理場に困るというか、腕の矢理場に困るというか・・・・・。
不可抗力なのだが。
もう少し腕を絡める力を抜いて欲しい。
「ボーマン先生?どしたの?」
「ん〜・・・・・・。」
無邪気に自分を覗きこんでくる、少女。
ボーマンは困ったように自分の顎を摩った。
「あ、アタシの胸が当たって、困った?」
プリシスのからかうような口調に、ボーマンの眉がぴくりと反応する。
(コイツ・・・・わざとだな・・・・。)
それでも決して顔には出さずに、ボーマンはプリシスのおでこを軽く指で弾いた。
「いたっ!」
「ガキには興味ねェよ。」
僅かに紅くなったおでこを摩りながら、プリシスがふてくされた様に頬を膨らます。
「ガキじゃないもん。」
その頬をつんと指で突付いて、ボーマンは笑った。
「そうやってすぐ、頬膨らませるところがガキだっつーの。」
「もう14だもん。」
「まだ、14。」
ボーマンのセリフに益々唇を尖らせて、プリシスが引っ張る腕に力を込める。
なかば引き摺られるような状態だったボーマンが、苦笑しながら見えてきたプリシスの家を指さす。
それにプリシスは嬉しそうに笑って、先程までの怒りはどこへいったのか。
無邪気にボーマンを引っ張った。
「はやくはやくっ!」
プリシスの腕がするりと解かれる。
腕にじんわりと残ったプリシスの体温が、辺りの空気によって失われていく。
それに・・・・ボーマンはどことなく寂しさを感じた。
けれどその寂しさには気が付かないフリをする。
プリシスの体温がなくなって、寂しい―――そう思ってしまったら・・・・オワリな気がしたからだ。
「ボーマンせんせっ♪」
するすると離れていった指先が、ボーマンの掌に伸ばされる。
急に掌に感じたぬくもりに、柔らかさに、ボーマンが驚いて言葉を失う。
ぎゅっと握り締められた指先に、ボーマンの胸が一瞬跳ねた。
そしてその事実に、ボーマンの頬が紅く染まる。
それは自分にもわかる程の、急激な―――――熱。
「上がって〜。」
そのボーマンに気がつきもせず、プリシスはさっさと手を離して自分の部屋の方へと視線を向けている。
「ボーマンせんせ?」
プリシスの不思議そうな声に、はっと我に返る。
(おいおいおいおい・・・・・。)
呼吸すら忘れていた自分に気が付いて、身体中の力が一気に抜けた。
(思春期の少年じゃあるまいし・・・・。女と手繋いだくらいで紅くなるなよな・・・・。)
「はやく〜!」
急かすプリシスに片手を上げて、ボーマンは靴を脱いだ。
小さな身体で、大きく手を振る少女。
(っていうかさ・・・・。アレを女とか言ってる時点で、末期だよな・・・・・。)
再び熱く火照った顔に、ぱたぱたと手を振って風を送った。
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