■■■ THE END OF THE WORLD    act 1.偽り






初めて見た時、気になったのはその瞳。

真っ直ぐに前を見て、決して振り返らない、神々しいその瞳。



次に見た時、気になったのも瞳。

長い睫毛を伏せて、一滴の涙を零した後に、うっすらと開かれた濡れる瞳。



その時から既に。

僕はあなたに捕らえられた。











部屋に備え付けてある時計をチラりと見て、部屋のランプの明りを僅かに暗くした。
もうすぐやってくる、甘くもなく、楽しくもない・・・・・
切なくて、空しいだけの時を迎える為だけに。


隣にあったベットに腰掛けて、じっと扉を見詰める。
ゆらゆらと揺れるランプの明りが、扉に揺らめいて反射していた。
まるで今の心境の様だと思った。


ふっと、自分の唇の端を僅かに持ち上げて、膝の上に肘を乗せると両手を組んだ。
そこにコツンと額を押し当てる。
胸が、わけのわからない切なさで支配される。



あなたが好きです。



と。何度言いかけて、言葉を呑み込んだだろうか?
呑み込んだ言葉は、胸につかえて、重くそこに降り積もる。
あなたの瞳に、時々宿る悲しげな瞳に、いつも自分の無力さを痛感させられていた。



カタン・・・・・。



微かに扉が開いた音に、顔を上げるとそこには愛しい人。
恋焦がれて、夜も眠れないくらいに愛しい人。
いつだって、ドコにいたって、一目で見つけられる、黄金色の輝く髪を靡かせて。
あなたは僕の前に現れた。
何も言わずに、ただ、俯いて。

胸がつきん。

と小さく痛んだ。

「眠れないんですか?」

声をかけると長い髪をかきあげて、あなたは顔を上げた。
そこにはやっぱり、思った通りの紅い瞳。
眉間に皺を寄せて、光のない虚ろな瞳で唇を少しだけ開いて。



泣くほど、辛いですか?



そしてまた、僕は言葉を呑み込む。
こうやって毎夜あなたは僕の部屋を訪れる。
胸にぽっかりと開いた、空白を埋めるために。


いつから始まったのかももう覚えていない。
気がついたら、こんな夜を何度も過ごしていた。

一緒に二人ひとつの布団で寝て、起きて隣の人の温もりに僅かに空しさを感じて。
お互い求めるものは一緒ではない夜。
僕が求めるものはあなたの愛で、あなたの求めるものは寂しさを埋める誰かの腕で。


最初に誘ったのは、持ちかけたのは・・・・・・たしか僕から。
手を取って、寂しいあなたの身体に、悦びを思いださせたのは僕から。
彼を想って、寂しく疼くあなたの身体に、上手くつけこんで。


あの夜からあなたは、僕のもとにやってくる。
一人遊びを覚えたばかりの思春期の少年の様に。


「抱いて。」


口から漏れる言葉。なんて寂しそうな、悔しそうな・・・・・。
その言葉を、本当に言いたい相手の代わりに、あなたは毎晩僕にその言葉を言う。


ベッドの端に腰掛けて、目の前に立った女性の細い手首を掴む。
掴んだその細い手首から、切なさが伝わってくる。

いつも思う。

この瞬間は、不思議なほどに穏やかな時だ。
いつも通りの鼓動が、なぜか優しく穏やかに耳に届いて。


好きな人とセックスするというのに、何故こんなにも心は穏やかなのだろうか。
普通はもっと嬉しくて、どきどきして・・・・・・・。
こんなに寂しいと思うものなのだろうか?
僕は空しさに、ふっと瞳を伏せた。掴んだ手首はなんて儚い気がするんだろうか?


ぐいっと、掴んだ手首を引き寄せて。
倒れ込んできたあなたを受け止め、優しくベッドに沈める。


一瞬だけ・・・・・・瞳を交えて、あなたは長い睫毛を伏せた。
溜息がでるほどに、整った、綺麗な顔。
伏せられた睫毛も、
口から漏れる吐息も、
すべてが綺麗で僕の理性を惑わせる。


媚薬のような、甘い雰囲気。
なのに、二人、何も言葉は出さずに。


手をとったのは、僕から。
それに捕らえられたのは、あなた。
これに夢中になっているのは、僕。


唇を重ねる。


最初は応えないキスなのに、だんだんとあなたはそれに応えてくる。
目を開けても、見えるのは伏せられた瞳。
目尻の端にうっすらと浮かんだ雫を、唇で舐めとりそのまま耳許へと移動させていく。
耳許で囁くのは甘い言葉でも無くて、ただの熱い吐息だけ。
僅かに震える手で僕の服を握り締めながら、眉を寄せるその理由を聞けないのは恐いから。


こうやって、唇を重ねて、肌を重ねて。
たぶん僕以外聞いたコトのない声を聞いて、見たコトのない顔を見て。
なのに、どうしてこんなに胸が痛いのかな。


「あっ・・・・・・。」


途切れる声。
途切れる吐息。
途切れそうになる意識。


滑らかな身体のラインを指で辿って、僕はその指の後を舌で辿った。
その動きにあなたは身体を捩り、背中を跳ねらせて踊る。
甘い声で鳴きながら、僕にしがみつく力強い腕。
その力強い腕で、引き寄せたいものは何?


あなたが引き寄せたいのは・・・・・・。
本当に悲しそうなトーンの寝言で漏らす名前の持ち主。


耳を塞ぎたくなる程に切なげな声で、あなたは毎夜その名前を呟く。



好きだと言いたくて。

でも言えなくて。



お互い一言も言葉を交わさず、辺りに響くのは荒い息と、情事の激しさ。
瞳を開けない、君。
それに傷付く、僕。


君を抱いたあの日から。
僕の惹かれたあの瞳は見れなくなった―――――。


好きだと伝えたら、たぶんこの関係は終わる。
だから言えない。
言ってしまったら、たぶんあなたがこうやって寂しい夜に。
僕は傍にいることを許されないから・・・・・・・。









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