■■■ THE END OF THE WORLD act 5.交差 彼女が自分を追いかけてくることは知っていた。 いや、感じていたのだ。 彼女の情熱を。 自分をどこまでも追いかけてくる、世界でただ一人の女。 どこか予感があったのかもしれない。 こうなることが。 自分を理解する、世界でたった一人の女に。 想いを寄せる若い狼が現れることも。 カーテンから刺し込む朝の光に、ゆっくりと覚醒する。 まだぼんやりとする頭に、ベットサイドに置いたタバコの箱を掴んだ。 何も考えずにベランダに目をやって・・・・そのまま窓に近付くために脚を向ける。 朝の空気を吸い込もうと窓を押し開けて・・・・ベランダに出た。 柵に背中を預けて、空を仰ぎ見る。 雲ひとつない青空にふっと目を細めて。 手に持っていたタバコの箱から1本煙草を取り出す。 口に咥えて・・・・火を付けようとした矢先、目に飛び込んできた眩しい光。 ふっと隣のベランダに目をやると、風に靡いた黄金色の髪が目に映った。 「おはよう。」 黄金色の髪の持ち主が、乾いた唇で言葉を紡ぐ。 いつもの彼女の声なのに、それはどこか雰囲気が違っていて。 違和感を得たのは声だけじゃなかった。 「ああ・・・・。」 黄金色の瞳が、ほんの少しだけ赤みを帯びていて。 かさついているようなその唇には、いつものような潤いがなくて。 寝間着にショールを羽織ったその姿が、どこか小さくて儚いような気がする。 それは今まで自分の中に合った彼女のイメージと、大きくかけ離れたものだった。 「オペラ?」 「ん?」 黄金色の髪が・・・・・風に靡く。 風に・・・・・。 その時現れた白い首筋に、目が釘付けになった。 「オペラ・・・・昨日の夜は、寝苦しかったな。」 「・・・・っ。」 唇を噛み締めるその姿。 乾いて荒れるその唇は、情事の時の激しい口付けのせい。 白く細いその項に残る、紅い花は・・・・情事の後のキスマークと言う名の内出血。 俺の視線に気が付いて、その首筋に残ったアトを手で覆う。 震える細い指が、慌てた姿が、すべてを物語っていた。 「そ・・・・そうね。私も・・・・なかなか寝付けなくて。」 「俺に知られるのが…気付かれるのが怖くて?」 こくりと、彼女の喉が動く。 強張った顔を、俺から逸らすように背中を向けて。 震える肩に、俺は確信した。 この気持ちを、どう表現したら良いのだろうか…。 「な・・・・何のこと?私が・・・・あなたに・・・・。」 「あなたに関係あるんですか?」 びくっと、オペラの肩が震える。 その肩を抱き寄せる、男がひとり。 オペラの部屋から、オペラのいるベランダに出て来たその男の、蒼く深い碧色の瞳。 挑戦的なその瞳の光に、喉の奥で笑いを堪える。 さっきまで胸を支配していた、言い様のない気持ちが、ふっと違うものに形を変えたのがわかった。 ナルホド。 コレで理解した。 会ってすぐの時に、彼が俺の手をとらなかったワケも。 会ってすぐなのに、睨みつけられた、あの鋭い瞳のワケも。 青い・・・・・とても青い、少年らしい、若々しい嫉妬心。 ぴんと張り詰めた、痛いほどの空気。 噛み付きそうなほどの、挑戦的な瞳。 その空気に耐えきれず、逃げる瞳。 向けられた嫉妬心を、受け止める瞳。 くっと喉の奥で笑って、タバコの煙を勢いよく空に向けて吹き出した。 その俺に、彼はかっと目を開いて、苦虫を押し潰したみたいな顔をした。 その視線にゾクゾクと身体中の毛が逆立つ。 あから様に向けられた俺への敵意に、なぜか高鳴る胸の疼き。 「あなたと、オペラさんの間には、何もなかったんでしょう?」 悔しさを宿した瞳で、歪んだ口で。 一直線に向かってくる、俺への精一杯の強がり。 彼女の純潔は自分が奪ったと。 唯一俺に勝てる、その切り札を。 今この時点で持ち出したのは若さからか。 でもそれは俺には何の関係もない、痛くも痒くもない、只の結果に過ぎない。 そんなことで、彼女の価値が下がるわけでもなく、 そんなものが、俺と彼女の間に蟠りを残す程、俺達は子供じゃない。 そんなものにこだわる自分こそが、幼さを現しているのだと、気がつかないその青さ。 「お前は俺にどうして欲しいんだ?どんな反応を求める?」 「…彼女の中から、消えてください。」 「無理だな。」 ふわりと漂う、煙草の煙。 言葉を失ったまま、肩を震わせ俺を見詰める彼女の瞳。 言葉を失って、俺を睨みつけることしか出来ない少年の瞳。 「なぜそれを俺に頼む?それこそお前が自分の手で、力で、彼女の中から俺を消せばいい。」 「っ・・・・!?」 「それが出来ないのなら…お前は彼女にとってそれだけの存在だということだ。」 フーっと、勢いよくタバコの煙を吐き出す。 勢いよくでた白い煙が、辺りの空気に混じって溶け込む。 そして短くなったタバコを、そのまま下に落とした。 ベランダに落ちたそのタバコをぐりっと靴の裏で揉み消すと、再びベランダの柵に背中を預けた。 静寂が辺りを包む。 肌にぴりぴりと空気が刺さる。 誰も何も言葉を発しなかったその空気を・・・・・一番最初に破ったのは・・・・・・。 「あなたの中に…今も…私はいるの?」 彼女・・・・・・オペラだった。 |