■■■ THE END OF THE WORLD    act 6.恋に落ちた瞬間





「アレがレヴィード教授?」
「そ。好み?」
「別に。どうでもいいわよ。」


唯一の男友達で、唯一の親友の言葉に、興味なさげに応えて。
面白くもない大学の授業を受けるべく、席に着く。


目の前で教鞭をとる男は、私が初めて授業を取った教授だった。
たいして面白くないだろうとは思っていたけれど、単位のためなら仕方ない。
そう思って、なんとなく取ったそのカリキュラムは、正直私の嫌いな分野だった。
だから話し半分。
適当に聞いていよう・・・・そう思って、キーボードを叩く指を止めた。


流れるように頭の中に響く、抑揚のついたわかりやすい説明と。
耳障りでない、むしろ心地良い高さで大きさの声。
教科書もない。
記述もない。
ただ、教授が一人一人の目を捕らえて、説明するその姿に。


まずい。


と思った。
こういう教授の試験は、かなり試験対策にてこずる。
ちゃんとメモしなくちゃ・・・・そう頭では思うのに、指が動かない。
目が、耳が。
捕らえられて、逸らせない。
呼吸するのも忘れそうなほどに、聞きいって授業が終わるとどっと疲れた。


あっという間に流れた時間は、私を不思議な世界に誘った。
今まで興味のなかった世界が、とても色鮮やかに、とても魅力的に思え始めていた。
終業の合図と共に、はっと我に返って慌てて今日の授業をふりかえる。
覚えてるすべてを自分のノートパソコンに叩きこんで、ほっと一息ついた。


「何?そんなやる気だして。先輩に過去問貰えばいいじゃん?」
「ダメよ。私、この授業だけは絶対自力TOPで通るわ。」
「ふぅん?」


面白くなさそうに、でもたいして興味もなさそうに親友が応えて、
ランチはどうしようか?と、もう次のコトを言い出した。
それに曖昧に答えて、ふっと・・・・教卓を見詰める。


まだほんのりと脳裏に残る、レヴィード教授の姿に、
ほんのりと・・・・・胸が疼いた。





それはまだ、淡い、恋心の始まり―――――。















最初はただ、興味を惹かれたから。
彼を、落としたいと思った。
彼を、振り向かせたいと思った。


遺跡の歴史を語るその魅力的な瞳に、自分の姿を映したいと思った。


正直言って、私は特別綺麗じゃないし。
プロポーションだって、特別良くもない。
ただ、コレは努力次第では普通以上に高められる範囲があった。
限界はあるけれど、綺麗な格好をして、毎日ストレッチして。
隠れた私の努力は、一応・・・・実っていた。
オトコを落とすコツも掴んでいたし、オトナのオンナを演じるのは得意だった。


その私が、落とせなかったオトコは彼が初めてだった。


「コレなら完璧ね。」


肩甲骨まである髪を高く結い上げて、とっておきの宝石を散りばめたピンで止めて。
ピンクの淡いルージュを塗ったら、グロスで艶を出す。
真紅のドレスは身体のラインを強調するデザインで、
太腿まで入ったきわどいスリットが、さわさわと脚を滑る感触が好きだった。


「・・・・・で・・・う?」


教授の部屋の扉を空けようとした手を止める。
中から聞こえてくる、艶のある声。
聞きなれた声だった。
必要のないほどの、やけに色気を含んだその喋り方は、
校内では有名な女教授の声だった。


悔しいけれど、イイオンナだと私も認めるその女教授が、
なんで彼の部屋にいるのかはわからなかったけれど。


「ンもうっ・・・・!」


聞こえてきた声に、慌ててドアの前から退いた。
ばたんと大きく扉が開いて、女教授が不機嫌そうに去って行く。
その後ろ姿にほっと胸を撫で下ろして。


「教授。今日のパーティー、パートナーはもう決まりまして?」
「お前は・・・・本当に・・・・。」


呆れたような声で、でもちゃんと返事をしてくれる彼に、
腕に絡めようと思った手を止めた。


困った奴だな。


そう思っているコトが、明らかにわかる瞳で。
困ったように笑う口許で。
教授室にいる、彼に。


ダメだ。


と思った。
あの女教授でさえ、落ちないオトコなのだ。
オトナのオンナを演じたって、このオトコは落ちるようなオトコじゃない。
そういうカケヒキとか、このオトコには通じないのだ。


このオトコのオンナは、遺跡発掘なのだから。


遺跡発掘よりも、魅力的なオンナじゃなければ、このオトコには相手にされない。


今まで、私のまわりにいたオトコ達には
明らかにいなかったタイプ。


私の機嫌をとるオトコ。
誘いに簡単にのるオトコ。
魅力の、カケラもないオトコ。


このヒトは・・・・・違う。


そう思ったら、身体中が熱くなって。
熱くなって・・・・。
益々目の前のオトコが、好きになった。





そして私が彼に――――――落ちた。





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