■■■ THE END OF THE WORLD    act 7.飛び出せ!





「エルがっ・・・・・!?」
「聞いてなかったのか?」
「そんなっ・・・・!!」


親友から聞かされたことに、驚いて息を飲む。
聞いていなかった。昨日は。


エルと呼ぶコトを許してくれた教授は、決してその先への侵入を許さなかった。
でも・・・・昨日。
試験明けの昨日。
初めて、私の誘いにのってくれた彼は。
決して・・・・今親友から聞かされたことを、私に言ってはくれていなかった。
言ってくれなかったどころか、匂わせてもいなかった。


学校を休学して、宇宙に飛び出すなんて!


忘れていた呼吸を、思い出したように繰り返す。
頭の中がぐるぐるまわって、何をどうすればいいのかわからない。
自分がしたいコト。
それはただひとつ。


慌てて教室を飛び出そうとすると、がしっと手首を掴まれる。
引っ張られる力に振り返ると、真剣な親友の顔。


「どこ行くんだよ!今更行ったって、もう宇宙だ!」
「離してっ!追いかけるのよ!」


振り解こうとしても、目の前で自分を見詰める男の力はとても強くて。
掴まれた手首が痛くて、瞳が痛くて・・・・・。
心は焦る。


「どうしたんだよ?最近のお前、変だぜ!?」
「変?どこがっ!?離してっ!!」


焦る気持ちに、抑制される腕に苛立つ。
掴まれた手首に、白い肌が紅く色付き始める。


「お前らしくないっ!オトコを追いかけるなんて、カッコ悪いからよせよっ!」
「カッコ悪い?あなたに関係ないじゃないっ!」
「俺がいるっ!ずっと、俺が傍にいたんだっ!」


言われたセリフに、がんっと頭を殴られたような気がした。
腕を離してくれないもどかしさに、身体中の血が逆流する。
身体中が熱くなって、燃えるように熱い喉の奥。
息苦しさに、堪えきれなくなって腕を振り解いた。


「カッコ悪くたっていい!
なりふりかまってなんて、いられないくらい彼が好きなのよっ!
あなたじゃない、彼じゃなきゃダメなのっ!」


自分の言葉に、自分で驚く。
彼が好き?
私が、彼を・・・・?


振り解いた腕の先に映る、親友の見たこともない表情。
戸惑いと、驚きと、ショックを隠せないその表情に、
胸が少し痛んだけれど。


今の私にはそんなものにかまっている余裕はなかった。


久しぶりに走った全力疾走は、校内の曲がり角でバランスを崩して
倒れそうになるくらい危うくて、ぎこちなくて。
脚にまとわりつく長い服が邪魔で、手で掴んで持ち上げる。
端から見たらとんでもない格好でも、そんなコトに構ってなんていられない。


少しでも、彼がどこに行ったかわかる手がかりを!


辿りついたのは、いつも二人で過ごした教授室。
鍵が掛かっている筈なのに、扉はすんなりと私の侵入を許して。
それにどきりとして、そっと・・・・
彼がいつも座っていた机に近付く。


手がかりなんて、ある筈がない。
彼のコトだから、自分が旅立った形跡さえ残していないかもしれない。


山積みにされていた沢山の資料の間に、彼の愛用していたガラス製の灰皿。
それが目に入って、そっと・・・・その縁を指でなぞった。
彼のイスに腰掛けて、机に突っ伏す。


目を瞑ると、そこはいつもの空間で。
彼の匂いがほんのりと残っていて、その幸せな空間に涙が出た。


頭に浮ぶのは、彼の顔。
驚いた親友の顔。


彼がいなくなって、気がついた自分の真剣な想い。
興味と、好奇心じゃない。
恋に落ちたのは、私の方だった。


今まで彼に言っていた『好き』とは、明らかに違う『好き』
もう、伝えるコトも出来ない・・・・・。


がらっと・・・・机の一番上の引き出しを開ける。
そこには彼がいつも愛用していたタバコを入れていたから。


「忘れたの?」


買い置きされたそのタバコの箱をひとつ取り出して、かさりと封を切る。
1本取り出すと、口に咥えて持て余すように軽く振った。


ぴんと爪で灰皿を弾いて、火の付いていないそのタバコを灰皿に落とす。
紅いルージュが付いたそのタバコが、なぜか今の私のように思えて。


「遺跡の次に大事な煙草を忘れるなんてね。」


彼の一番お気に入りだと言っていた、写真集を手に取る。
コレも置いて宇宙に旅立ったのかと、少し寂しく思ってぱらぱらと捲ると・・・・。


ひらりと、舞い落ちる・・・・1枚の紙切れ。


「何?」


床に落ちたソレに、手を伸ばして。
拾おうとした手が止まった。
書かれた文字は、紛れもなく彼の筆跡。
宇宙空間の、とあるポイントを示したメモ。


「・・・・・・証拠隠滅失敗のようね。エル。」


いつも完璧な彼にしては珍しい・・・・。
唇の端を持ち上げて、笑う頬が固まった。


メモの挟んであった場所の写真は、以前・・・・。
自分がココが一番神秘的で素敵だと言った場所の写真だった。


ばらばらになったパズルが、解けていく。


鍵が開いていたのはナゼ?
タバコが置いてあったのはナゼ?
メモがこの写真集の、このページに挟んであったのはナゼ?


ガタン!と、勢い良く立ち上がる。


そして一点に目が釘付けになった。
入って来た時は気がつけなかった。
この部屋の、ただ一箇所の扉。
その裏に。


真っ赤なペンで走り書きされた言葉。


「ばかね。」


滲み始めた涙に、すんっと鼻を啜って。
私はメモを握り締めた。
くしゃっと乾いた音がして、握り締める手に力が込もる。


「待ってなさいよっ!」


カツカツとヒールの音を響かせて、扉の前に辿り付く。
破り取るように、乱暴にそのメッセージの書かれた紙を掴むと、力強く握り締めた。


そして・・・・・・真っ直ぐに前を睨みつけると・・・・・。
再び転がるように走り出した。





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