■■■ 2度目の恋 act2 再会の夜
左の、手首が熱く疼いていた。
その部屋に足を踏み入れた瞬間、目が釘付けになった。
(うそ・・・・・・。)
だと、頭の隅で叫ぶ自分と、
(本物だ・・・・。)
と、身体全体で感じる自分がいた。
身体が震えて、息をすることすら出来なかった。
身体全体で彼だと、2年前村を出ていってしまった自分の最愛の人だと感じているのに、
頭の中ではどこか信じられなくて混乱する部分があって。
戸惑いながらも、その後ろ姿をじっと見詰める。
最後に見た長さよりもかなり長くなっている、流れるような蒼い長髪。
最後に見た色よりも、くすんで埃っぽくなってしまっているマント。
近寄りがたい、刺々しい雰囲気を纏ったその後ろ姿。
でも、それでも。
込み上げてくる不思議な感情に、胸を支配する嬉しさに、少女は切なそうに瞳を伏せた。
まわりの会話があまり頭にはいらないまま時は流れて。
「・・・・・・・その傲慢な女のおかげで、失敗しても俺は知らんからな。」
びっくりしてまた言葉を失った。
久しぶりに聞いた声は、喋り方が変わったせいなのか、とても低く耳に響き、
2年前は決して言う事の無かった挑発的なセリフに、胸が締めつけられた。
無口で無愛想。
それが再会したときに感じた第一印象。
昔は無口で無愛想というよりも、物静かで喋ることが苦手だっただけなのに。
3年前のあの事件と、この3年間の孤独が、彼を変えてしまったのだと思った。
それが少女・・・・・・レナにとってはとても。
・・・・・・・・悲しかった。
些細な仲間とのケンカのせいで、この青年と一日行動を共にすることになった。
このマーズの村に起きている事件のこともあって、
かなり不謹慎だけれど、青年と一緒に過ごせるということが、レナには本当に嬉しかったのだ。
朝早い明日に備えて早く眠ることにして、レナは青年と同じ宿の、同じ部屋に泊まることにした。
ふとんに潜り込んで、暗い部屋をきょろきょろと見まわした。
よく考えてみたら、一緒の部屋に泊まることになったけれど、
年頃の男女が同じ部屋とはどういうことなのか。
そして更に何事もないかのごとく隣のベッドで寝ている青年は、
一体この状況をどう思っているのか。レナは軽く唇を尖らせた。
自分に背を向けている青年の背中を、じっと見詰める。
「ディアス・・・・。寝ちゃった・・・・・?」
「・・・・・・。」
返事が無い。
「ディアス。」
もう1度、青年を呼ぶ。
「ディアスは寝ると、うつ伏せになるの、知ってるのよ。」
「・・・・・・・なんだ?」
レナの言葉に、ディアスがとうとう返事をする。
ディアスにしてみれば、寝てしまいたかったのだ。
何事も無く。
いや、何事も無くなんてのは、自分の心の中自体が何事もないはずなんて無かったのだが。
諦めたように小さく溜息を付くと、身体の向きを変え、レナの方を向いた。
すると、月明かりに光る、レナの大きな瞳と目が合った。
「仇は・・・・・とったの?」
普通の人間だったらとても聞きにくいことを、さらっと聞いてきた少女に、ディアスは苦笑した。
この少女は3年前と変わっていなかった。
瞳を反らせないように真っ直ぐに捕らえて、あやふやな返事すらもさせてくれそうにも無かった。
「あぁ・・・・・・。」
「村には、戻るの?」
仇は、とった。しかしその後も心を支配する淋しさは埋められなかった。
いくら両親と妹の命を奪った者を裁いても、もうあの人達はいないのだ。
村に戻っても、あの優しかった両親も、大切だった妹も。
そして、力を得る為にたくさんの魔物や人を切ってきた自分に、愛する少女を迎えに行く資格も無かった。
村に戻っても、愛するあの空間は無いのだ。
それが辛くて、戻る気にはなれなかった。
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・私は、いつ、リボンをはずせば、いいの?」
レナの言葉にはっとした。
そして枕の横に置かれているレナの手首を見ると、闇に溶けそうな深い青色のリボンが巻いてあった。
2年前、ディアスが自分の手で巻きつけたときは、鮮やかなライトブルーだったというのに、
今の色は2年の間、少女が一時もはずしていないことを物語っている。
「あなたは、いつ、リボンをはずしてしまったの?」
胸が、痛かった。
忘れたかったのだ。あの幸せな日々を。愛する少女を。
そうしなければ強い力が手に入らなかったのだ。
何事にも振りまわされない、左右されない、力。
その時どうして、リボンはつけていなくても、まだ持っていると言えなかったのか。
悲しそうな少女の瞳から、一粒の涙が零れ落ちた。
「アトが、消えちゃったの・・・・・・。」
「レナ・・・・・。」
静かに、ただ涙を零す少女に驚いて起き上がる。
そして腕を少女に伸ばそうとして、ためらった。
ここで腕を伸ばして、涙を拭い、抱き寄せて、どうなるというのだ。
汚れたこの腕に抱いて、少女が幸せに慣れるはずが無い。
ディアスは唇を噛み締めると、もう1度ベッドに横になった。
ぎしりと、床が軋む音が耳に届いて、ディアスは眉を寄せた。
本当に、この少女はちっとも2年前と変わっていない。
真っ直ぐで、思い立ったらすぐに行動に移して。
もっともそうでなければ見ず知らずの男、それも見たことも無いような服を身に纏った青年と、
危険なソーサリーグローブの調査などに旅立ちはしなかっただろうが。
そろそろと近付いてくる気配に、苦笑する。
自分がこの少女に再会して、一目見た時に、何に心奪われたかわかっていないのだ。
幼かった顔は、少女特有の可愛さを残しつつも、女性的な肌へと変わっていて。
幼かった発育途中の胸の膨らみも、2年前よりも豊かになっていた。
なにより、少女らしい身体のラインが、女性らしい身体のラインとなっていたのに息を呑んだ。
濡れた瞳も、色付く唇も、すべてが自分には魅力的で、誘惑的だったのだ。
「きゃっ・・・・・。」
青年の肩に伸ばしかけた手首を突然掴まれて、レナはバランスを崩しその身体に崩れこんだ。
青年の逞しい筋肉質な身体に倒れ込んだせいで、あちこちが当たって痛かった。
鼻を擽ったディアスの香りに、ほんのりと頬を紅く染めるとレナはディアスの顔を見詰めた。
「お前はどうしてそう変わらないんだ。」
「何?どういう意味??」
不機嫌そうに顔を覗き込んでくるレナを引き寄せると、自分の下に組み敷いた。
シーツに縫い付けるように押しつけると、その白い首筋に唇を寄せる。
それにレナが驚いたように肩を震わせ、息を呑む。
「アトを、付けて欲しいのか?」
「えっ、ちょっ・・・・まって、そこはっ!」
抵抗しようと腕に力を入れるが、押さえつけているディアスの力の方が強かった。
首許に熱い吐息と、痛みを感じて、レナの唇から切ない吐息が漏れた。
「んっ・・・・・・・。」
おそるおそる瞳を開けると、逞しい青年の胸元がレナの目に入った。
慌ててディアスの顔に目を反らすと、レナの首許を見て満足そうに口許を緩める青年がいた。
その時のディアスの野生的な瞳に、レナの胸が高鳴った。
自分の両腕を押さえつける力強い手に、触れられている個所が熱く疼く。
どきどきして瞳から目を反らそうとすると、やっぱりあの厚くて逞しい胸板が目に入って。
レナは切なそうに瞳を閉じた。
(どうしよう・・・・・・。)
胸の鼓動が煩くて、身体中が沸騰したみたいに熱くて、
レナは混乱してきた頭をなんとか整理しようと試みた。
どきどきと心臓が煩い。
(私、やっぱりディアスが好きだわ。)
前にディアスが好きだと気がついたときは、胸が締めつけられる感じがした。
今はただ、苦しいくらいに心臓が煩い。
(たぶん、前よりももっと、ずっと、好きだわ。)
「俺に、もう近付くな・・・・・・・・・。」
耳に届いた声に脳が痺れる感じがした。
ゆっくりと自分の手首から離れていくディアスの手に、ほっとしながらも名残惜しそうに見詰める。
(もう1度、改めて好きになったみたい・・・・・・。)
触れられると、見詰められると、身体がおかしくなっちゃったみたいだった。
いくら脅されるような言葉を投げかけられても、この想いは深く、強くなるばかりで。
抱かれても、めちゃくちゃにされてもいい・・・・・・むしろそうされたい。
そう思った・・・・・・。
『好きよ。』
そう言いたかった言葉は紡がれることなく、頭の中でからまわるだけで。
2年前は簡単に口に出来た言葉だったのに、今はその言葉を口にすることが出来なかった。
簡単に口に出来るほど軽い想いじゃなかったから。
好きなんて言葉で、今この想いを表せないと思った。
レナは、まだ熱く熱を持っている首許に手を当てると、ゆっくりと息を吐いた。
レナに背を向けて窓辺に立ったディアスの背中を見詰めながら、
レナは煩い心臓の上にそっと、寝間着の上から手を当てる。
月明かりが、部屋を照らしていた。
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