■■■ 2度目の恋 act3 離れて感じた彼女の位置 小さな頃から、傍にいた存在。 当たり前の空間に、当たり前の日常。 それが壊れた日から、自分の中で色々なものが静かに、けれど急速に崩れていった。 それを壊した者を裁いても、修復されることのなかったそれは。 忘れようと、自分の中の奥深くにしまいこんだ少女の一言で、もう一度手に入れられた気がした。 「俺が死んでも、誰も悲しんでくれる者などいない。」 半ば自嘲気味に言った自分の言葉に、少女は自分の一番欲しかった言葉をくれた。 「わたしがいるわ。」 真剣に自分の目を捕らえて力強く言われたその言葉に、言い様のない衝撃を受けた。 言葉よりも、その態度に胸を貫かれた気がした。 少女の言葉が決して同情では無いことが通じたし、偽物の言葉では無いことが通じた。 熱くなる目頭に気が付かれないように、さっさと少女に背を向けてしまった自分がおかしかった。 自分もまだ、このように感じることがあったとは・・・・・・・。 2度目の再会をはたしたこのラクールで、自分は改めてこの少女の位置に気が付いた。 自分を一番理解してくれているのも、自分に一番必要なのも・・・・・・、自分に安らぎを与えてくれるのも。 いつだってこの少女だったのだ。 初めて会った日から、少女は自分にとってなくてはならない存在だった。 武具大会が終わったら、彼女の旅についていこう。 そしていつでも、守れるように。 今度は自分を救う為では無く、彼女の為に・・・・・・・。 結局自分の帰り着く場所は少女のもとだったのだ。 湧き上がる歓声に、色とりどりの色紙。 今だ身体中に残る堪えようの無い興奮と、湧き上がる胸の高鳴り。 自分の掌にしっくりとくる、身体の一部の様に感じた剣の重み。 最高の好敵手と剣を交えた悦び。 すべてに酔いしれながら・・・・・・観客席にいる少女の姿を探した。 「・・・・・・・・・レナ?」 先程まで少女のいた場所では、見たことも無い人物が紙テープを振りまわしていた。 「・・・・・・・・。」 係の者たちが、自分の目の前で倒れている青年を担架に乗せて運ぼうといていた。 自分がただ一人認めた好敵手で、レナの仲間の青年だ。 青年の剣の前では、自分も手加減など出気なかった。 だから本気で相手をした。 それが彼に対する礼儀だった。 急所に入ったわけではないが、溢れ出る血液の量から、早目の手当てが必要となるであろう。そ してそれが出来るのは回復の力をもつ少女、ただ一人だ。 「・・・・・フッ。」 思わず出た笑いを吐き捨てると、手に持っていた剣を鞘に収める。 決してこの青年に対して笑ったのでは無い。そう・・・・・・自分に。 2年前少女は自分を好きだと言った。 数ヶ月前、彼女は自分を待っていたと言った。 でも。その時。彼女を突き放したのは・・・・・・・自分だ。 約束のリボンを、はずしていたのは自分だ。 今更どうなる。旅についていってどうなるというのだ。 突き放したのは自分。 汚れた腕に抱きしめることが出来ないからと、彼女をキッパリと忘れたのは自分だった。 彼女の言葉でいくら救われたからといって、この腕が汚れていることに変わりは無いのだ。 「ディアス!!」 闘技場を出ようとしていた足を止めると、軽く振り返った。 そこには先程一緒にいようと、一緒についていこうと心から思った少女がいた。 息を切らして、頬を紅く染め、じっと自分の瞳を捉えている。 その大きな瞳に、何度心奪われたことか。 でも、それはすべて昔のこと。 はかりしれない想いは心の奥深くに閉じ込めて。 ディアスは無表情のままじっとレナの続きを待った。 「待って、私・・・・・・。」 「レナっ・・・・・・!」 レナが言葉を言いかけたその時、けたたましい足音と共に悲鳴にも似た呼び声が聞こえてくる。 その艶やかな姿は、レナの仲間の紋章術士だと気が付いて、ディアスはそのまま足を踏み出した。 「レナっ、レナっ・・・・!!クロードがっ!!」 「セ、セリーヌさん!落ち着いてくだ・・・・・・。ま、待って!ディアス!!」 闘技場から出て行くディアスの背中に向かって叫ぶ。 泣きたい気分だった。 どうしたらいいのかわからない。 ここでクロードを助けに行ったら、絶対にディアスがいなくなってしまうのはわかっている。 でも・・・・・・重症のクロードをほっとける筈も無かった。 「クロードが・・・・・!」 「ディアスっ!」 泣き崩れるセリーヌを支えながら、レナはディアスの背に向かって懸命に叫んだ。 「レナっ!何してるのっ!!?」 もう一人の仲間である二刀流の剣士まで走ってくる。 剣士の背中では双頭竜が何やら騒いでいた。 ぴたりと、足を止めたディアスにほっとすると、レナはセリーヌの手を強く握り締めた。 「ディアス!ここで待ってて!話しが、あるのっ・・・・・・!!」 クロードをほっとける筈が無かった。 でも、もう2度と生きて会えるかもわからないこの世界で、大好きな人とも離れたくなかった。 だから、賭けた。 「待っててね!!」 頼みと言うよりも、それは願いで。 セリーヌに引っ張られながらも、振り向いてディアスに向かって叫んだ。 クロードが心配。 それも本当だから、一生懸命走った。 クロードか、ディアスか。 そう聞かれたらこの状況でクロードをほっとくことなんて出来るはずがなかったから、賭けた。 ディアスがそこに残っていてくれることに。 走り去る少女の背中に、微笑みながら。 ディアスはぎゅっと握り締めていた拳をゆっくりと開き、力を入れすぎて白くなった掌を見詰めた。 爽やかな風が髪を揺らす。 2年かけても結局は忘れられなかった、 いや、改めて好きなのだと、大切なのだと思い知らされた自分の少女への想い。 2年かけて忘れられなかったのだ。 今度は何年かければ忘れられるだろうか。 そっと懐に手を忍び込ませると、そこに感じた布を取り出した。 エメラルドグリーンの、色鮮やかなリボン。 「・・・・・・・・。」 するりと掌からすり抜けて、床に落ちる様を虚ろな瞳で見詰める。 そして床にリボンが落ちると同時に足を踏み出した。 決して・・・・・・・振り返ることは無かった。
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